「おいしい……」
「泣くほど?」
涙を流しながらケトが新鮮な果物を食べ、水を飲んでいる。この後まだ船旅は続くのだが大丈夫だろうか。
「それにしても、ここでそれなりに荷物の載せ替えをするんですね」
私は隣りにいる北方使節官に言う。朝早いうちに入港して、昼過ぎには出ていくのだがその短い時間で色々と人が動いている。本来であれば私たちはこの輸送仕事を手伝うべきなのだがケトが辛そうなので見逃してもらっている。あとでお礼をしなければな。
「ああ、船に載せているのは商会との契約のものもあるが、それはたかだか半分に過ぎない。残りの半分は彼らの荷だ」
「だから自由に売買することもできる、と」
「そうなるな。この船は信頼の置ける船長がいて、取引が長いのでそういう問題はないが安い金で雇った船であると荷を取られることもあるようで」
「商会側が監視の人を乗せるのは?」
「貨人として扱われると銀を取られるし、なによりあくどい奴らはその見張りすら殺して海に放り込むと言う」
「怖いな……」
「ただ、そういう事をした船はすぐに噂が知れ渡り、船の民の制裁が与えられることになる」
「……どういうことをされるのです?」
「知りたいのか?」
「……いえ、やめておきます。どうせろくなものではない」
見せしめとしての価値がなければいけないのだ。それなりに凄惨なものになるだろう。記憶の中であまり思い出したくない物が浮かんでくる。円形闘技場における囚人の運命、ユダヤ教系新興宗教教祖の伝説的処刑、魔女狩り、
「そうか。まあ他人の趣向にとやかく言うべきではないな」
気まずそうに使節官が言う。まあ、たぶん基本的にはそれなりに受け入れられているのだろう。必要な処置であるとしてか、あるいは娯楽であるかはともかく。
「すみませんね。話を戻しましょうか。商会は確か穀物を中心に載せていましたが、船の人たちは何を載せているのでしょうね」
「同じように穀物であったり、あるいは細々とした荷物だな。商会は大口取引が多いが、名のある船は小さな荷物を頼まれて乗せることもある」
「なるほど。とはいえ到着日には港で待っていなければならないのでしょう?」
「そうなるな。そうすると速くとも半年はかかる。商会であれば倉庫に保管することもできるが……」
「もしですよ、前に私が弄っていた機構で商品がいつ到着するかのやり取りをできるとしたら船の民の仕事は変わりますかね」
私がそう言うと使節官は少し考え込むようにじっと前の方を見る。かつての世界では世界的な海上交易の確立、電信網の構築、そして無線通信はそれなりの時間をおいて導入された。これをある程度一気にまとめてやろうというのだ。混乱は避けられない。逆に言えば混乱が一回で済むとも言えなくもないが、それに巻き込まれる人間にとってはそんなことは関係ない。本格的に動き始める前に想定される問題を調べ上げて、対策の布石ぐらいは用意しておかないと色々とまずい。それは純粋に私の精神的な負荷を緩和させるためのものかもしれないが、それで他人の不幸を減らせているのであればまあこの行動は正当化されるだろう。
「……手紙のやり取り自体は減るか?あれは遠くに行く船の民にとって小さくない収入源だ」
「増えると思いますよ。あの機構は決して大量の文字や文章を送れるものではありません。どの日に船が着くかであったり、簡単な注文や在庫のやり取りであれば可能でしょうが」
「そうなるとむしろ船の行き来自体はより頻繁になるかもしれない、と」
「十年以内には船の中の環境をかなり改善できる方法は用意できるでしょうが、それを船の民が受け入れるかどうかはまた別です。新しいものの導入では衝突が起こることもありますから」
「……船の民たちが何を受け入れることができ、何を譲ることができないのかはこちらでもきちんと把握しているわけではない。ただ、当事者に聞くとなるとそれなりに慎重にはなるだろうな……」
民俗学調査のあたりにつきまとう問題でもある。ただ、知的好奇心ではなく商業上の理由があるならあまり無茶はしないか?いやどうだろうな。対等な関係として相互理解を深めるというのは理想ではあるが、それは実現が難しいからこそ理想なのだ。相手の立場に立てるかどうかというのは結構後天的な学習によるものがある。事実私がそうだったので。
「長期的な課題ですね。ゆっくりやっていくしかないかと」
「外交局にそういう事をできる専門家を集めるべきかもしれないな。今の時点では各地域に繋がりがある人物を派遣しているだけだ」
「情報をまとめるということは進んでいます。積み重ねは、きっと実を結ぶと思いますよ」
「キイ先生の言うことは導入しつつ疑え、と言われていますが、その励ましの言葉は受け取らせていただきます」
「誰に言われているか……は聞かなくてもいいか」
たぶんハルツさんだろう。あの人は人を信じながら疑うのが得意そうだ。あまり縛られないからこそ、色々なものを頼れるというのは強い人の特徴である。