図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第16章
来客


まばらにある建物の向こう側に、海岸線と平行に連なる山脈が見える。鋼鉄の尾根、とこの地域一帯が呼ばれるのはこのせいか。雪が積もっているところを見るとそれなりの高さなのだろう。

 

「結局一晩海の上で過ごすことになりましたね」

 

ケトが荷物を運びながら言う。港の近くまで来たもののもう暗くなってしまったので待機して、朝一番で入港したのである。照明がないので夜間の活動はかなりリスクが高いものになっているのだ。

 

「まあね。悪天候も日暮れ前に終わったし」

 

箱の中身をざっと確認して言う私。この荷物はひとまず問題なさそうだ。特に注意が必要な硝子(ガラス)製品を運び終わったら、他の荷物も運ぶ。荷降ろしまでやって初めて船旅は終わりなのだ。まあ取引での交渉とかもあるのだが。

 

「それで北方使節官殿、私たちはどうすれば?」

 

「迎えが来るはずだ。到着日は今日あたりだと伝えてあるはずだが」

 

「数日は待つことになるかもしれませんね」

 

「そこまではかからないと思うが……」

 

そう言いながら彼は商会の取引物を確認している。一応図書庫の城邦の輸出品の取引も担当しているということだ。まあ国家というシステムもいい加減なので私の知る外交官とは全く違うものとして今後できていくのだろう。楽しみだ。

 

「ただまあ、ひとまずは商館で休もう。数日であれば泊まることもできるだろうし」

 

「ああ、そういえば宿泊施設も兼ねているんでしたっけ」

 

「そうだな」

 

ひとまずよく食べてしっかり寝よう。生活の変化で意識しなくともストレスを受けているだろうし、それを回復させたいし。

 


 

いくつかのベッドがある商館の一室を案内され、しばらく休んでいると扉を叩く音がした。目配せで結局使節官が扉を開けることになる。

 

「すみません、キイ先生はいらっしゃいますか?」

 

懐かしい女性の声がする。廊下には綺麗な刺繍がついた衣装を来た人が立っていた。

 

「まさか、あなたが訪ねてくるとは……」

 

「招待したのは私たちですから」

 

この鋼鉄の尾根を中心として活動する最大規模の団体「鋼売り」の営業みたいなことをやっている人だ。スパイとも言う。久しぶりに会うな。前に会ったのは一年近くも昔のことだ。

 

「ああ、ご紹介します。こちら、図書庫の城邦からこの地域へと派遣された使節官」

 

「存じております。大切な取引先ですから」

 

笑う彼女と、少し表情を固くする使節官。うーん感情が顔に出るのはあまり良くないな。とはいえ仕方がないだろう。相手はそれなり以上にこの手のことに慣れているのだろうから。あとちゃんと把握しているんだな。まあ使節官も直接顔を合わせていないだけで彼女のことを知っているのだが。

 

「宿のほうはこちらで手配させています。キイ先生は気を楽にしていただければ」

 

「我等が城邦の人物にそこまでしていただけるのは有難い限りではありますが、こちらでそういったものは」

 

「遠慮しなくとも。先生のような方を招けることは『鋼売り』としても喜ばしいことです」

 

「だからこそ、ですよ。彼女はこちらにとって……」

 

「わかっています。それとも、私たちに信を置く事ができないと?」

 

笑顔のまま言う彼女は恐ろしいな。使節官はちょっと弱くなっている。まあアウェイだから仕方がないか。

 

「んー、どうしますかね。私が持ってきた機構で、使節官が関わるものもあるのでできるだけ彼と連絡が取れるといいのですが」

 

一応助け舟を出し、交渉というか話し合いをこちらの方に引き込む。

 

「それと早めにそちらの職人の腕を見たい所ではありますが、まだケト君の体調がすぐれないようで。数日は休ませたいところです」

 

できるだけ笑顔で言う。こういうのは見た目が大事なのだ。ケトはちょっと船旅で痩せたかもしれないからあまり良くないが。

 

「わかりました。こちらとしても着いて早々に押しかけてしまい申し訳ございません」

 

「いえ、むしろ待ったでしょう」

 

「そんな事ありませんよ。しばらくここに滞在する予定もありましたし」

 

うーんちょっと辛くなってきたな。私はこの手の笑顔での話し合いの経験がないわけじゃないけど、得意というほどでもない。

 

「というと、あなたはこの港の近くの事情には詳しいのですか?」

 

少し話をそらしてみよう。

 

「ええ。この港は『鋼売り』が使うものの中でも大きなものですから」

 

「だから荷吊機(クレーン)があるのですね。ああいうものでしか持ち上げられない商品があるのですか?」

 

人力ではあるが荷吊機(クレーン)があったのを思い出す。図書庫の城邦の港にはなかったので技術的要求が高く、それなりの需要がないと作られないのだろう。

 

「この港からはあまり出しませんが、質のいい石灰岩とかがそうですね。建材として需要があるので」

 

「なるほど」

 

そんな感じで話を進めていく。

 

「あとは美味しい酒と食事の出るお店とか……」

 

「なら今夜是非一緒に行きませんか?」

 

「いいですね」

 

「痩せ麦で作った炎酒を、燻り魚で一杯……」

 

「寒い地域ですものね。身体が温まりそうだ」

 

ケトと使節官からなんか視線が飛んできている気がするがちょっと無視する。美味しいは大切なんだよ。

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