図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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悪酔

揺れない寝床で目を覚ます。そういえば航海の間であの吊床(ハンモック)に結構慣れてしまったな。昨日の記憶を漁りながら二日酔いで重い頭を振る。さすがに度数が強いやつを多めに飲むとまずいな。

 

「……さすがに、こっちも疲れてるみたいだな」

 

私の身体の下にケトの腕が巻き込まれていたのに気がついて、ゆっくりと動く。寝顔が可愛いな。そういえばこうやって顔を近くでまじまじと見るのは久しぶりだ。あごのあたりに産毛が見える。そろそろひげが生えてくる頃か。図書庫の城邦では案外みんな剃っていたが、そういえば剃刀の話をちゃんと把握していない。こういう身近だけど触れようと思わないと知ることができないことは多いんだよな。鋼鉄の尾根と言うぐらいだし、なにかいいものがあったらケトにプレゼントとして買ってもいいかもしれない。こういう贈り物はあまりしていないからな。私は個人的に誰かになにかを贈るのとか贈られるのは苦手だけど、それは相手が欲しがるものが本当にあるかどうかがわからなかったりする場合なので今回みたいにちゃんと必需品であればいい。

 

「キイ、さん……」

 

「起きた?」

 

ケトは周りを見渡して、うつむいてしまう。

 

「あの……昨日のこと、覚えていますか?」

 

「あの出汁で割った酒がおいしかった……」

 

「鋼売り」の女性に案内されてこの港街でもそれなりに格式のある酒場に連れて行ってもらったのだった。そこで飲んだ魚のあらで作ったスープが本当に美味しかった。香草を上手く使っているのか臭みを感じなかったし、なによりこれで炎酒、まあ蒸留酒を割ると実にいい。

 

「すごい量飲んでましたからね……」

 

はい。アルコールの量を全く考えていませんでした。

 

「って、違いますよ。今後どこに行くかの話をしましたよね」

 

「それは覚えてる」

 

行く場所はいくつかに絞られた。高炉と転炉のようなもので鋼を作っている場所、金属細工の職人が集まる地区、あとは鉱山と温泉。そう。ここには温泉があるんだよ。まあ鉱物資源が多いということは火山活動とかがあるわけで、温泉が存在する可能性はあったけれども。なお遠い。船で六日、歩いて三日である。湯治だと思えばまあ……?

 

「そうだ。証文はありますか?」

 

「色々書かれて……、待って。ここに戻ってくるまでの記憶が怪しい」

 

酒。なんか調子に乗って酒場にいた商人や品物を売りに来た職人と意気投合して、色々話して、酒。工房とかに行くと言うと向こうに知り合いがいるから世話になれと言われて、あの身分証明書の下の方に色々書かれたんだったな。で酒。いい飲みっぷりだと言われて、ケトがため息を吐いて……。うーんこの先は思い出したくないな。嫌な気配がする。

 

「……ともかく、証文はこれかな」

 

机の下に隠れていた背嚢を見つけ出し、中を確認。……破れたりシミがついたりとかはしていない。開いて下の方を見ると、なにやら寄せ書きみたいな感じで伝言みたいなものが書かれている。

 

「これ、代筆人って意味だっけ?」

 

「そのはずですね」

 

署名がわりにしているのはある種の家紋みたいなものらしい。花押の方が近いかな。あの酒場でちゃんと文字が書けたのは私とケト、使節官と鋼売りの女性、それと客の一人の計5人であって第三者が保証人と代筆を兼ねるということでその客の人が色々書かされていた。可哀想に。確かこの港まわりの会計とかをやっている人だったはず。いや酔っていたから正直ちゃんと覚えているわけではないが。まあでも読める人は他にもいたらしいし、文書として一応問題はないはず。まあその直前のものに比べれば雑な筆調かもしれないが。

 

「そういえば、使節官は?」

 

「あの女の人と一緒に別の店に行っていましたよ」

 

「大丈夫かな?騙されて囚われていないといいけど」

 

「……もしそうなったら、少し面倒になりますね」

 

「少しではないけど、まあそれは後でいいか」

 

外交官に対するハニートラップは基本中の基本ではあるので。そういう警告をハルツさんは彼にしなかったのかな?あるいはそれを組み込んでであるとか。まあいいや。手紙でそれとなく伝えておこう。私たちが乗った船はもう少し北に寄った後、もう一度南に向かう。今度の航海では図書庫の城邦よりも奥に行くようなので、帰ってくるのは冬が終わってからになるそうだ。このあたりだと海が凍って船は行き来できなくなるので、その前に帰ろうとする私たちは別の船に乗ることになる。まあそれはもう少し先の話だ。定期的に交易船は出ているのでどれかには乗れるだろう。定期的に手紙を送ることぐらいはできる。なお輸送のお金は銀一枚ぐらいが相場だったりする。結構高いと思うのは私がかつての世界の郵便制度に慣れすぎているからだな。やはりここらへんも制度化したほうがいいが、国際条約とかをどう結べばいいのかもわからない。勝手に企業が参入して事実上の独占業務にしてしまっていいものなのだろうか?

 

「で、昨日は大変だったんですよ。キイさんは吐いてしまうし、変なことずっと言ってますし、それがおさまったら僕にくっついてきますし……」

 

「えっ私そんな事するの?今までそれなりに呑んできたけど、あまりなかったよね」

 

「結構してきてますよ?人前ですることは少なかったですが」

 

「覚えてない……」

 

確かに前にもこういうこと思った覚えがあるな。やはり酒はまずい。

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