「……使節官?」
私の前で気まずそうにする彼を前に私はため息を吐く。
「別に私は君の指揮系統にいるわけではないし、ハルツさんに対して何かを言えるわけではない」
「……はい」
「それでも彼女には知人として、それなりに情報共有をしなければなと思っているんだ」
「……わかっています」
「つまりは向こうに丸め込まれただけだ、と……」
私は頭を抱える。
「弁明はしませんが、彼女はそれなりに向こうの上層部と繋がりがあるはずです」
「それは本人がそう言ったの?」
「……はい」
「別の方法でちゃんと確認した?情報源を複数持ってはいけないという理由はないよね?」
「まだです……」
「キイさん、そのへんで」
ケトの声で私は身体を後ろに倒す。事の顛末はこうだ。二日酔いで苦しむ私が水をちびちび飲んでいると、妙に眠そうなのにどこか変な雰囲気の使節官が商館に戻ってきた。まあ私自身にはそういうものに縁はなかったが、なんとなく見当はつく。問題は相手だ。これで使節官が味方だとは断言できなくなったわけである。まあもともとハルツさん率いる「刮目」が私に好意的なのは利害関係によるものだし、「鋼売り」が明らかな敵というわけではないが。うーん、とはいえ基本的に相手は信用したいんだよな。疑うというのはかなり脳の容量を食うのである。そんな余裕はあまりない。
「まあでも向こうに騙されないようには注意して、常に疑って。その上でハルツさんに任せられたような仕事をしてくれればいいから」
「わかりました……」
なんで私が外交指導をしているんですかね?まあともかく行きに乗った船が南に戻るまでには手紙を書いておこう。
「とはいえ婚姻で関係を強化するというのはよくある話ですよね?」
私の後ろでケトが言う。
「悪い男に嫁がされて苦しんだ女や、誑かされて狂った男の話はそれ以上にあるんじゃないかな」
「……そうかもしれませんけど」
まあ、ここらへんは社会とか人間関係の問題だったりするのであまり突っ込むべきではないか。専門でもないし。
「とはいえ、かなり色々聞いてきたね」
私は机の上の紙を改めて見て言う。使節官が寝台の上でかは知らないが「鋼売り」から来た女性から聞いた取引などの情報。ここから東の方にある諸邦でちょっと軍事的衝突が起こっていて、武装とかが売れているようだ。平時には鋤を、戦時には剣を売るというのはなかなかに悪くないが、それでもやはり政情の不安定などを乗り切るのはどうしても難しいしリスクがあるので「鋼売り」の中でもこれをほどほどのところで止めるか、あるいは諸勢力の中でも有力なものに重点的に支援するか、あるいは拡大しない程度で維持させるかとかで揉めているようだ。なお彼女の上司である人物は「鋼売り」の渉外役のそこそこ偉い地位に着いたらしい。
「これ、どういう理由でだかわかる?」
「確かキイ先生のせいだと愚痴っていましたよ」
「本当にそう思う?」
「先生のやり方で鋼を多く作れるようになったので彼の発言力が増えて、政治的争いに勝ってしまい役職を押しつけられた、みたいなことを言っていましたね」
「……ありえそうですね」
私が何も言えないでいるとケトがコメントをしてくれる。信憑性は怪しいので裏を取る必要はあるが、まあありえなくはない。ただこうなると私との関係を悪化させたくないはずだよな。ただでさえ客人のように招かれているのだ。それを無下にはしない……はず。
「まあ、ひとまず依頼である金属用の横
基本的な部品の図面は暇だった時に船の中で作ってあるし、頭の中で部品加工のシミュレーションも回してある。つまりはどうせ失敗するし試行錯誤が必要な案件だということだ。まあそれでも実際に作ろうとしてみて気が付いたミスも多いし。具体的には部品を固定するチャックの部分に螺子を使っているので最初の螺子切りは別の方法で固定して行わないといけないとか。
「それは、そんなに作るのが大変なのですか?」
私の出した紙を見ながら使節官が言う。
「ここらへんは手を動かさないといけないし、私以外にはしばらくは作れそうにないから」
この図面だって工業高校の先生が見たら笑顔で書き直しを要求するレベルのものである。雑な三面図にいい加減な寸法を入れただけ。実際に組み立てたときの干渉とかがあるかもしれないし、加工方法や精度、表面性状についての指示もない。まあかつての私がこれを作れと言われたら設計者を小一時間問い詰めてしまうレベルだ。
「あとはこれをちゃんと何かを作ったことがある職人がどう見るか、そして手伝ってくれるかだね。最悪一人でもできるけど、鋳造とかは多人数でやった方がいい」
締結部品の欠如のせいで、最初に作るのはロウ付けと鋳造で作る雑なものだ。素材は青銅を想定している。これを改良しながら、最終的には鋳鉄でできたものを作りたいがそのためには向こうの生産技術の水準を知らなくちゃいけない。いくつかの条件が噛み合って、どれか一つを突出させて進めにくいのだ。面倒である。