この鋼鉄の尾根と呼ばれる地域において、鋼売りは確固たる地位を築いている。図書庫の城邦とその一帯で本来は宗教組織である衙堂が行政を行っているように、ここでは鋼売りが治安維持と物流を担っている。面白い形態だ。記憶を漁るがこういった例は勅許会社ぐらいしか思い出せない。他にも探せばありそうなものだが。
「……休憩しますか?」
後ろの使節官が言う。
「大丈夫、なはず」
「ここのあたりはまだ安全ですが、それでも日が登っているうちに通りたいので少し急いでくださいね」
案内をしてくれている「鋼売り」の女性が言う。
「はい……」
一部の荷物は長髪の商者と提携している商会の倉庫に置いて、ある程度のものを持って私たちはまず第一の目的地に向かう。「鋼売り」にとってもっとも重要な場所の一つ、高炉のある場所だ。とはいえ目的地にある施設に高炉と言う訳語を当てるのが適切かは知らない。まあ北方平原語を無理に訳せば「背の高い鋼の竈」であるのでまあ高炉でいいだろう。ちなみに英語だとblast furnace。
「……これは?」
私は歩いていた道の右側を見て言う。切通しみたいになっていて、おそらく頁岩だと思われる地層が見えるのだ。なおこの地層、褶曲が見られる。クリノメーターが欲しくなってくる。曲がっている方向から考えて、眼前の山脈を作り出した地殻変動で生み出されたのだろう。
「ああ、海の底が持ち上がったものですよ。奥の方に行けば貝なんかもごろごろしてます」
平然と言う先頭の案内人。
「いつ頃こういうものが形成されたかわかる?」
「さあ。万年か億年かかけてでしょう」
純粋にキリのいい数字を言っているだけで、ちゃんと根拠があるわけではないらしい。まあ口ぶりからしてどうでもいいもの扱いらしいな。いや古生物学が有益かと言われると色々と面倒になるので黙っておこう。
「海草が岩に挟まれているようなものも場所によっては見られますね」
そう補足してくれるのは使節官。
「もっと上の方行くと蜥蜴の骨なんかもありますよ」
「えっ?」
案内人の言葉に私は思わず驚いてしまう。
「蜥蜴って、あの四本脚で歩くやつですか?」
「そう。かなり大きいけれども」
……恐竜か?いや、ヒトがいる以上その祖先としての盤竜類とか獣弓類かもしれない。
「具体的には?」
「私よりも大きい」
体長2メートルといったところか。全長か体長かはわからないな。しっぽのない化石とかあるし。ここらへんは古生物学で色々なものが蓄積されないと判断が難しいところだ。放射性同位体による分析とかができるようになったのは本当にここ最近だし、私のかつていた世界でのこの領域は新しい手法の導入や技術の発展もあって色々変わっていたはずだ。問題は予算不足で研究者があまりいないところだが。
っと、ちょっと待て。どうしてこの世界のヒトが私の知るヒトと同一の経路を辿って進化したものだと言える?基本的にDNAの塩基配列さえ揃えば同じような生命が生まれる。ある形状の部品を作る時に複数の方法が考えられるように、一部異なった経路を辿ってこの世界のヒトが進化した可能性は?もちろんヒトの身体構造はまだ最適化の余地があるものだし、発生の過程で祖先のうちいくつかの特徴的な性質が現れるけど……。ここについては基本的な教養が足りなさすぎてちゃんと議論できそうにない。
「キイさん?」
「ああごめん、少し面倒なことを考えていて」
ケトを含むこの世界で見てきた人の外見からは種としてのヒトの特徴がいくつかうかがえる。顔の形とか、二足歩行とか。歯を数えたことはないので今度ケトに見せてもらおう。しかし大陸の配置は確認できた限りでは地球と異なるし、そうすると系統樹にも影響が出てくるはずだ。事実確認できる範囲の植物は基本知らないものだ。まあ品種改良とかがあるのかもしれないし、もともとの世界で私はそこらへんが専門ではなかったのもある。同じ理系の国立の博物館だからって上野の
「考え込みすぎないようにはしてくださいね」
「本当に、この二人はそういう関係ではないの?」
呆れたように言う案内人が私とケトを超えて使節官に声を投げる。
「間違いなく違いますよ」
はっきりと言い切る使節官。いやまあその通りだけどなんか釈然としないな。この世界の貞操観念とかについてちょっとインタビューしたいがそれだけのことができるラポールをケト以外とは構築していないし、ケトはこの手の話に疎いので駄目。うーん、となるとトゥー嬢?一応同性だし。とはいえあの人もあまりそういう匂いが無いんだよな。適当なタイミングで「鋼売り」の女性か使節官に聞ければいいのだが。