鉄は単体では融点が1538度。この温度を直接出すためには少し面倒な細工が必要だ。一応アーク炉を使うことでどうにかなるが、そんな電流はない。ではどうするか。方法の一つは合金を作ることだ。例えば昔作った活字用の合金は主成分が鉛だが、融点は鉛より低い。錫やアンチモンを混ぜることで融点を下げているのだ。
では、鉄に加えるといい元素はあるだろうか?比較的豊富に存在して、できたら鉄単体が持つ弱点を補ってくれて、合金となったときの融点が低くて使いやすくなるようなものが。
ある。というか、あったから鐵は
「間もなく、火が着けられる」
そう言う少し老いが見えてきた場長はこの製鉄場の総責任者だ。生産を管理し、事故を防ぎ、ここで働く数百人の顔と名前を覚えている。信頼される工場長としての条件を満たしているな。いい職場だ。
「こうやって、鉄鉱石と木炭と石灰石が詰め込まれているわけですな」
足場の上から覗き込んでいるのは私の身長の三倍ほどはある積み上げた煉瓦によって作られている高炉。下にはふいごが見える。なお話されているのは北方平原語だ。この中で私が一番習熟度が低いとはいえ、専門用語は叩き込んでおいたので世間話でなければいける。
「割合については?」
合金にするための鉄と炭素、それとそれ以外の不純物を
「大まかには知られとるが、実際には経験者の勘というものが大きく関わってきておりますな」
「それは間違いない?」
「と、言いますと?」
「実際に同じ条件で作っても、できたものが変わることがありうる?」
過学習と呼ばれる現象に近い。本来は不要な工程を、それをすると成功するからという理由から続けているのはよくあることだ。もちろんルーティンの形成とかいう側面を否定するものではないけれども。
「……ふむ。しかし異なる地の鉱石や異なる木の炭を使っても似たような
「難しいところですね。産地以外の条件を変えず、できるだけ同じ条件を揃えないと」
「キイさん?」
私の調子がヒートアップしてきたのもあってか、ケトが私の襟を後ろから引っ張る。
「すみません、師が失礼なことを申しました」
「構わんよ。むしろいい質問だった。しかしそれを試すためにはそれなりの試行が必要になるだろうな……」
ひげを撫でながら場長が言う。
「……申し訳ない」
頭を下げる私。あくまで外部の人間なのだ。非効率的であったとしても、横から口を突っ込んでいい道理はない。
「しかしそこまで言うのであれば、この製鉄場をより良くできるのだな?」
挑戦的に場長が返す。ふうん。面白い。まあ嫌われているよりよっぽどいい。
「そうですな。まずはふいごが悪い。外の冷風を高炉に吹き込むのは冷ますも同じだ」
「しかし風を送り込まねば温まるまい?」
「送り込む風を事前に熱しておくのです」
「ふむ。別の風を熱するためだけの炉を作るのか?」
「いえ、炉が動けば熱風が上から出るでしょう?それを例えば煉瓦で作った塔に流し込むことで熱を蓄えさせる。そうしておけば、そこに外から空気を送り込むことで熱を無駄にせずに済む」
「しかし、風は炉を動かす時に吹き込まねば意味がないのだぞ?」
「塔を複数作ればいいんですよ。そうして適宜切り替えていけばいい」
「それだけの風を作るふいごは……水車、か」
「精巧に作られた部品であれば、より滑らかに水車の回転を風の強さに変えることができる」
「筋は通っているな。やれるか?」
「まずは小さな高炉で試すべきでしょう。とはいえ技を求めるのであれば、そのために招かれた客人たる私に否やはありません」
ふんと鼻で笑うようにこちらを睨む場長。なおこの仕草は軽蔑というよりもやれるものならやってみろというものだ。最初は少し面食らったが。こういう細かいジェスチャーのニュアンスというものは難しいな。
「よろしい。しかし今は我々の仕事を見てもらおう」
そう言うと、場長は下にいる人々を見てゆっくりと息を吸う。
「持ち場につけ!火をつけるぞ!」
低く、よく通る声。下の方からそれに応じるように歓声が上がる。たぶん安全確認を兼ねているんだな。正しい。一体感を出しつつ、気分を引き締め、作業へと気持ちを切り替える。私の知っている安全管理のアプローチとは系統が違うが、これはこれで有意義なのだろう。まあ普通にサイレンと拡声器を使って、フールプルーフシステムを入れるべきだと言われればそうかもしれないけれども。