図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

192 / 365
鋼鉄

「聞き取れる?」

 

唸りのように響く職人たちの出す声は、たぶんなにかの文章になっているのだろうがアクセントも何も違うのでよくわからない。

 

「……ところどころ、ですが。神の炎、えーと、その業を見よ?血を以て……」

 

ケトが翻訳をしてくれる。

 

「北方平原語?」

 

「いえ、炎という語の発音からしてたぶん古帝国語に近いですね」

 

「儀式的な鍛冶か……」

 

「南の方だとこういうのも全て聖典語なのですが、ここでは衙堂の勢力が強くありませんでしたからね。古帝国の版図の境界でしたし」

 

髪を編み込んだ少女の持つ松明によって高炉の上から火がつけられる。そして送り込まれる空気。陽炎が見える。

 

「まあ、夕には最初の(ずく)ができるでしょうな」

 

場長が私たちの隣で言う。おっと、脳を北方平原語に切り替えよう。

 

「このままどれぐらい炉に火を入れ続けるのですか?」

 

「半月といったところだろう。それ以上は炉が持たん」

 

かつていた世界では十数年かもう少し持たせていたが、あれは改修費用の問題もあったからな。まったくカネがないのがだいたい悪い。

 

「……それにしても木のふいごですか。さすが鋼鉄の尾根」

 

「だろう?」

 

自慢げな場長。

 

「どういうことです?」

 

私に聞いてくるケト。

 

「大勢の人が踏んでも壊れないだけの質の良い木材を、空気が漏れないほどに削るためにはいい道具が必要になる。材料を知り、適切な加工をしなければ作れない」

 

「木は革のように柔らかくない分、動かすことで空気を押し出そうとすればそれだけ精密に作る必要がある、と……」

 

「そうなるね。水車で動くふいごを(ずく)で作りたいけど、少し面倒かな……」

 

「鋳るのですかな?」

 

「鋳ってから削るのですよ。っと、横轆轤(ろくろ)の話は聞きました?」

 

「噂ではな」

 

「それで作ります。ただ、削る工具のために必要な特殊な鋼がほしい所ですが」

 

超硬を作るなら炭化タングステンとかか?あるいはコランダムとか。ダイヤモンドは鋼鉄の加工には使えないしな。高温か高圧か、複雑な工程か、あるいはその全部が突っ込まれて工作機械のバイトは作られていたのだ。まず素材集め、の前に元素同定のほうが必要そうだ。

 


 

少し薄暗くなってきた頃、赤く溶けた鉄が高炉の下から流れ出し、粘土でできた桶のようなものの中に溜まり始めた。これが転炉になるものだろう。屈強な男二人が担ぎ上げるとなると重さはそれなりのものだろうな。

 

「送れェ!」

 

運んでいた人たちが離れて声を上げると、先程高炉に風を送っていたのとは別のふいごが動かされ、その先端が溶けた(ずく)の入った容器に向けられる。飛び散る火と、溶けた鉄のかけら。内部で起こる炭素と酸素の反応によって生まれた熱が、(ずく)を溶かし続けたままの状態にしてくれている。火山の噴火とかを思わせる、一種幻想的な光景だ。

 

「上から送り込むのか……」

 

私の知識にある上吹転炉はいわゆるLD(Linz-Donawitz)法だが、これは純酸素を使う。そうでなくても行けるものなのか。たぶん効率が悪いなどの方法で歴史に埋もれたようなものなのだろう。科学技術史はこういう一瞬だけ生えて折れた枝についてあまり詳しい示唆を与えてくれない。そういうのもちゃんとやればかなり面白いと思うんだがな。

 

「それで、このまま風を送り続けるのですか?」

 

私は試すように言う。

 

「そうすれば鋼を通り越して鍛鉄になるだろうな」

 

「鍛鉄……槌などで打たれて鍛えられたものでしたっけ」

 

「そうだな。その途中で鋼となる一瞬を見逃さぬのは修行でしか身につかなかった。故にそのような道具は高値であったわけだ。しかし先々代でそれも変わった」

 

坩堝(るつぼ)を使うわけですね」

 

この方法自体はウーツ鋼の製法などで知られていた。不純物に起因する模様で知られるあれだ。合金の材料を混ぜて加熱し、全体が一体になるまで溶かす。しかし一度に作れる量はそう多くない。

 

「そうだ。よく鍛えた鉄と、炭を混ぜ炉に入れることで鋼を作る。しかし、更に先に行くわけだ」

 

「……あれ自体が、一つの大きな坩堝(るつぼ)となる、と」

 

私がそう言うと、炭素が除去された鉄の入った容器がまた高炉の近くに戻される。そして溶け出した(ずく)が追加で流し込まれることになる。炭素量が調整され、ちょうどいい硬度と加工性を持った合金となるわけだ。これが鋼鉄である。

 

「上手く行けば今までと比べ物にならない量が作られる。より大きい吹込坩堝(るつぼ)を使えば、更にだ」

 

「私が伝えた内容は、ここまでの物を作るのに十分だったとは思えないのですが」

 

たぶん大量の問題がある。燐や窒素による完成品である鋼鉄の劣化、あるいは寿命の短い炉や坩堝(るつぼ)。まあここらへんは私の知識と実験的手法でどうにかしよう。

 

「ああ。確かにそうだった。南方から来た商人に言われて疑い半分で初め、試行錯誤を繰り返した」

 

「……それでも、一年は経っていないはずなのですが?」

 

私が長髪の商者に転炉のアイデアを話して、そこからすぐにここに話が来たとしても試行回数は限られる。長い蓄積された経験と、怪しい博打めいた試みに着いてきてくれる多くの人材が必要なのだ。数人の狂人を引き込むことはできても、私はこの場長のように多人数を巻き込むことはできない。

 

「ああ、今でも完成はしていない。上手く行くためには多くの条件が必要だ。それでも、試さなければ先には進めない」

 

ニヤリと場長は笑みを浮かべた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。