図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

193 / 365
断酒

「何かの土台か」

 

もう日が暮れた頃、私が出した図面を覗き込んだ職人たちが議論の末に言う。メモは聖典語だったのでケトとあとさっき高炉に火をつけた少女が翻訳を手伝ってくれた。そうそう。彼女はあの若さで司女だそうで。まあ人手不足のせいでそう名乗っており、図書庫の城邦の衙堂では使われなくなった聖典語を無理に訳すのであれば見習いより上の「司女補」とかと呼ぶべきものらしいが。神事における巫女みたいな役割だろう。こういうところでたぶん本来あったのであろう文化的儀式を侵食しているのは異教徒を切り捨てて改宗を求めるような宗教とどっちがマシか難しいところである。まあみんな馴染んでいるらしいし外野があまりとやかく言うべきではないと言えばそう。

 

「そうですね。時間をかけて冷やした(ずく)を使いたいのですが。このようなものならいいですけど」

 

私はサンプルとして出してもらったいくつかの(ずく)のうち一つを手にとって言う。灰色のねずみ鋳鉄だ。まあ実際には燐や硫黄の濃度について考えなくてはいけないので断定するのは良くないな。引張試験機が欲しい。動力自体は梃子とかで行けるか?

 

「……ところで、どうやって完成物の質を見極めているのですか?」

 

「音だろ」

 

「あと槌で殴ったり割ったりもあるな」

 

私の質問に職人たちが答えてくれる。

 

「なるほど」

 

音については固有周波数からヤング率を求める手順みたいなものだと考えればいいか。殴ったり割ったりは普通に衝撃試験。アイゾットとかシャルピーとかやったなぁ。定性評価を考えるとああいうものを作っておきたいところだ。とはいえ今の生産量だと少しきついか?

 

「ところで、高炉のほうは放っておいていいのですか?」

 

「ん?ああ、あんたは実際の炉をあまり見ないのか」

 

少し驚きの交じる職人の口調。

 

「……そうですね。知識だけです」

 

「なあに恥じることはないさ、先代なんか苦労して坩堝(るつぼ)の中でよく鍛えた鉄と炭を入れて鋼ができるなら、もっと炭を入れればいいだなんて言って(ずく)を作っちまったりなんてしたからな、実際に触っていてもわからんもんはわからんよ」

 

別の職人がフォローなのかわからない事を言ってくれるが、まあ別に疎外しているわけではないからいいか。

 

「炉のほうは月が昇った頃に掻き出すのでいいだろうな」

 

「ああ、ある程度溜めておくと」

 

「そういうこった。開けて砂型に流すだけなら若い衆でもできるからな」

 

新人育成の機会という側面もあるのか。なかなかいいな。

 

「とはいえ経験の浅いものだけとは行かないでしょう。夜番もいるのですか?」

 

「そうなるな。酒断ちもしてるし、寝るやつはとっとと寝ちまえ!」

 

ある程度地位のあるだろう職人の発言に周りの人が不満の声を漏らすが、素直に一人、また一人と消えていく。

 

「……酒断ち?」

 

「高炉で(ずく)を作っている間は酒を飲まないんですって」

 

「びっくりした」

 

後ろにケトが立っていた。そういえばしばらくいなかったよな。

 

「どこにいたの?」

 

「司女の方に色々聞いていたんです。そちらのほうは話が進みましたか?」

 

「必要な部品は作ってもらえそうだよ」

 

「それはよかったです」

 

「寝る?」

 

「そうですね。使節官は僕たちとは別であの『鋼売り』の人と一緒に色々見て回っていますし」

 

「逢引かなにかか?」

 

「かなり真面目に二人共やっていたのでそういう言い方はなしですよ。キイさん、そういうのを人にされると嫌な顔するんですから他人にもするべきではありません」

 

「……わかった」

 

怒られてしまったが、まあそれだけの不注意はしたので仕方がない。というか私はそんな嫌な顔を出していただろうか?

 


 

「……それは?」

 

職人の一人が私が覗き込んでいたものを見て言う。

 

「鋼や(ずく)の上にできる文様のようなものを大きく見ることのできる機構ですよ」

 

「ほう」

 

興味を持ったようだ。壊さないようにと念を入れて見せると、なかなか面白がってくれた。

 

「これで色々見たいのだが、売ってくれないか?」

 

「これに使う硝子(ガラス)を削るのに手間がかかるんですよ。数年もすれば南の方から商会が持ってきてくれるでしょうからそれまで待ってください」

 

「そうか……」

 

彼は不満そうだが、まあ仕方がない。

 

「ここから、その材料の特質を見ることができるのか?」

 

「まだこれ自体の改良が求められますけどね。例えば断面を見ればそれが割れたのか、あるいは裂けたのかの区別がつきます」

 

「……少し見てほしいものがあるのだが」

 

「いいですよ。私の知識で良ければ」

 

私がそう言うと職人は席を立ち、しばらくすると足早に戻ってきた。

 

「これだ」

 

そう言って出してきたのは途中で二つに割れた指ほどの太さの棒状の金属。

 

「先代……先代の場長が坩堝(るつぼ)で色々と試していたのだが、その時に出来た代物だ。偽(ずく)と呼んでいる」

 

「偽?似ているが異なるもの、ですよね」

 

「ああ。これは鋳る事ができ、かつ鋼のように割れずに伸びるのだ」

 

私は職人の言葉を聞きながら顕微鏡を調整する。融点が低く、鋼と同じような機械的特性がある組成なんてそうあるわけないだろ、とピントを調節すると今まで見てきた鋼や(ずく)の断面と違った物が見えた。まだら模様でもなく、筋のような黒鉛でもない。綺麗な黒い丸が見える。ああ、これは教科書で見たことがある。

 

「……確かに、これはそういう類のものです」

 

私は疑問符で頭を一杯にしながらそう言うのが精一杯だった。黒鉛形状からして黒心可鍛鋳鉄とかではない。これは球状黒鉛鋳鉄、あるいは可塑(ダクタイル)鋳鉄と呼ばれるものである。私の知る限り、これが生まれたのは第二次世界大戦の後だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。