図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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特許

「まず私に言ったのは正解でしたね」

 

そうため息を吐いて言うのは前に高炉の点火をやっていた若い司女。

 

「あ、頂いた『基質の分離と分析』はとても面白かったです。作者の先生にそう伝えていただければ」

 

トゥー嬢の書いた本は思いの外こんなとろでもウケがいいようで。やはり聖典語というある種の学術共通語の存在は大きいな。だからといってローカライズをさぼっていいということではないが。

 

「ありがとうございます。作者も喜ぶでしょう」

 

「……確認しますが、あのような偽(ずく)を作るためにはあなたたちの作った金属性苦土質(金属マグネシウム)が必要になるわけですよね?」

 

「そうです」

 

「それを今、安定して生産できるのはあなたたちだけですよね」

 

「いえ、電気分解さえできればそう難しいものでは……」

 

「そこのあたりは本に載っていなかったので推測なのですが、その電気を安定して生み出す機構は今のところあなたたちのところにしかない」

 

「……まあ、そうですね」

 

「つまりですよ?あなたたちはこう言っているわけです。偽(ずく)を作りたければ、自分の所から材料を仕入れろ、と」

 

「なるほど、それはあまり良くないですね」

 

そういう重要なものを外注すると輸送コストとかが上乗せされることになるし、なにより加工工程同士での意思疎通が難しくなる。それにどこかで問題が起こればそれが波及しがちだ。複数の取引先が存在して、適度な競争が行われるような環境なら技術への投資も促される。もちろんこういうのはバランスの問題なので、計画経済的側面を持たせて生産を調整してもいいし、基本は自由市場で当局からちょいちょい介入を入れてもいい。ここらへんは商会とかが絡んでくるし、政治とか外交の問題にも絡んでくるのでできるだけ信頼できるデータとか知識のある人間が必要で、それにはもう少しかかりそうなのであるが。

 

「そうですよ。そんな態度を取るなんて」

 

「……ん?」

 

私の想像と何かが少し違うらしい。

 

「キイ嬢は、たぶん勘違いをしていますね」

 

ケトが言う。

 

「キイ嬢はある程度大きな視点から見ているので、生産できるのが一ヶ所しか無いことを問題だと考えています。しかしそこには『鋼売り』であったり、この製鉄場の人の考え方が欠けているんですよ」

 

「わかった。こちらにしか作れないものだから高値で売りつけようとしていると思われている?」

 

「……むしろそれ以外に何が?」

 

司女が私を見て言う。

 

「すみません、こういう人なので」

 

ケトが謝る。

 

「大変ですね……」

 

なんか若い者同士仲良くなっている。いいことだ。私のおかげだな。全然良くないが?

 

「発電機、でしたか。基本は金属細工なのでしょう?でしたらこの鋼鉄の尾根であれば作れるはずです。それまでこの事実は伏せておくというのは?」

 

「まあ、妥当な所ですかね。細かい調整をここの衙堂の方に投げることになりますが……」

 

司女とケトがなんか話を引き継いでしまった。やらかした私はしばらく黙っていたほうがいいだろう。

 

「まあいいですよ。面白い本を頂いたお礼みたいなものです。あとこれ、北方平原語に訳しても?」

 

「構わないはずですが、ああでも法の問題が……」

 

「あれの効力範囲内はまだ図書庫の城邦の中だけだし、もし対価を求められたとしても翻訳という形なら代償金を積み立てておけばいいかな」

 

言いよどむケトに私が言う。

 

「どれくらいになりそうです?」

 

司女の言葉に、私は適当に頭の中で計算をする。

 

「まあある程度作って銀数十枚とか?」

 

「安いですね……。本数冊分ではないですか」

 

「作るための手間賃が印刷機のおかげで低くなっているから」

 

「そうだ。こっちにもその印刷機とやらを売ってください」

 

「作り方を教えるのでそっちで作ってくれれば……」

 

「いいんですか?そういうものは普通、独占特許状とかが出ているものでは?」

 

不思議そうに聞く司女。

 

「そういうものがあるの?」

 

どういう代物かは見当がつくが、ちゃんと確認しよう。

 

「例えば『鋼売り』の許可を得ていないと鉄を作るために木すら切れないんですよ、ここらでは」

 

「確かに木材の管理は製鉄やるなら必須か……」

 

石炭の乾留技術がない以上、使える還元剤としての炭素を供給してくれるのは木だけだ。ある程度の大きさとかを考えると林業とかにも手を出しているのだろう。「鋼売り」はただ単に鋼を売っているだけではなく、鋼の生産のためのあらゆる資源の確保なんかも業務として行っている。これはもうただの国家では?しかし城邦というかこの世界で言う邦ではないらしい。難しいところだ。はっきりとした代表者がいるわけでもなく、部門というか地区や工房ごとに人がいて取りまとめ役同士の会合を重ねて意思決定をしていくという奇妙な構造をしている。

 

「図書庫の城邦にとって本は、そしてこういう印刷物は重要なものでしょう?少なくとも城邦の中では印刷業務や印刷機の製造は独占されていると思うのですが」

 

「してないよ。なんなら学徒でも作って自分たちで本を売れる」

 

「そんなことでいいとは、平和なのか緩いのか……」

 

頭を抱える向こうの司女は文化の差異を飲み込めないようだ。まあ私もケトもそれぞれ育った世界が違うし、こういうものは時間をかけてすりあわせていくしかない。

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