図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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告白

「それで、キイさんは何者ですか?西の国の貴族の娘とか、あるいは月や星から来た旅人ですか?」

 

「そういう例の参考になったような作品の話を聞きたくなるな……」

 

「失言でしたね」

 

ケトのジョークで内心それなりに笑いながら、私は思考を巡らせる。「異世界から来た」と言えばいいだけだ。異世界なんて語彙がどうにもないらしいことを除けばだが。

 

「……私は、ここの地の星空に慣れていないって言ったらどう思う?」

 

「南に行けば、ここでは見えない星が見えるようになるという話は読んだことがあります」

 

「ああ、違う。そもそも星々の並びも、たぶんその星自体も違うんだ」

 

「なら、こういうのはどうでしょう。星がどこにあるのかはわかりませんが、それらが非常に遠くにあるのは間違いない。けれども、星々の距離ほど遠くから見れば星の並びは変わるでしょう」

 

恒星天モデルは採用されていない、と。

 

「なるほど。ところで、星までの遠さってどれくらいだかわかる?」

 

「……知りません。確か、何人かの学者がそれを求めようとしていたと読みましたが。あなたは知っているのですか?」

 

「光が数年から数百年程度かけて進むだけの長さ、かな」

 

「それは読んだものですか?それとも、あなたが見出したのですか?」

 

「……読んだものだよ」

 

そう言うと、ケトはしばらく考え込んだ。

 


 

「あなたは、とても遠いところから来た。そこの学者の知識は、僕たちの地より優れている」

 

「単純にそうやって比べるべきではないよ。全てにおいて優れるなんてことも、全てにおいて劣るなんてことも、そうそうないから」

 

「……すぐさま否定しない時点で、そうとう知恵は離れている気がしますけれどもね」

 

確かにそうだ。私はこの世界で見た大抵のものの作り方がわかってしまう。

 

「あなたのいたところでは、どれくらいの人が文字を読めましたか?」

 

「君ぐらいの歳より上であれば、ほぼ全員」

 

「誰がそれだけの教える人を用意するのですか?」

 

「国が、法によって」

 

「いくつの国がありますか?」

 

「200ぐらい」

 

「その全てで、ほとんどの人が文字を読めるのですか?」

 

「いや、一部では学ぶところができていないから……半分か、もっと少ないかも」

 

正直数字をちゃんと覚えているわけではない。発展途上国での識字率は平均で50%を超えていたはずだが、国ごとの値はわからない。

 

「つまり、多くの人が文字を読めなければならない仕事を?」

 

「そうだね」

 

「……キイさんも、仕事を?」

 

ケトの言葉はたぶん専業主婦などをイメージしているのであろうが、モラトリアムを謳歌していると後ろ指をさされた経験のある私にはダメージが入る。

 

「……いや、私は学んで、調べていた」

 

「何を?」

 

「どのようなものを、どうやって作っていたかの過去」

 

「古い道具の作り方とか、ですか?」

 

「まあ、そうだね」

 

研究テーマが雑多に過ぎたし、卒業研究はかなり縦横無尽に議論を展開していたのであまりこれだと言うことができない。

 

「図書庫のような場所で?」

 

「そう」

 

大学史を説明するだけの語彙はまだない。本当に言葉が足りないことを痛感している。

 

「では、あなたの見てきたもっとも良い道具とは何ですか?」

 

「難しい質問だね……」

 

道具の定義から始めないといけない。情報技術の方面であればコンピュータとか。武器を入れていいなら核兵器が「良い」とされるかもしれない。抽象的なものであれば、科学という思考様式。

 

「もちろん、答えるのが難しいとわかっていて聞いています」

 

ただまあ、技術系の人間としてはこれを推すか。

 

「……私の好きに答えていいなら、それは金属を削るための特別で大きな道具だ」

 

「職人の使うもの、ですか」

 

「そうだね。塊をこうやってぐるぐると回して、刃物を当てて削っていく……」

 

私は蝋板に手早く構造図を書く。工業高校でさんざん触った普通旋盤だ。回転する主軸に工作物をチャックで固定し、ベッドの上を動く往復台に取り付けられた工具(バイト)で加工をする。細かい用語を試験に出す意味が正直分からなかったが、今思うと役に立つので微妙な気分だ。

 

「これを水車で動かすんですか?」

 

「いや、雷」

 

「は?」

 

奇妙そうな顔をするケト。うん。こういう顔を見ると少し悪い笑顔になってしまいそうだ。

 

「雷って……雨が強くなると光と音を出して落ちる、あの?」

 

「うん」

 

「……僕以外には軽率に言わないでくださいよ?神々の姿を用いてそんなことをするなんて、と言われかねません」

 

確かに宗教論争になりかねないな。こういうアドバイスは本当にありがたい。

 

「わかった」

 

「これ、作れますか?」

 

気軽に言ってくれるなぁ。

 

「非常に、難しい」

 

そう。難しいだけなのだ。なにせ数百年の挑戦の結果生まれた解の一つを知っているのでそれを模倣するだけでいい。

 

「何が必要です?」

 

「硬い金属。鉄と炭だけではなくて、特別な鉱石も必要。……いや、新しく必要なのはそれくらいか?」

 

別に最初から全部を金属で作る必要はない。まあもちろん頑丈な土台は欲しいが、花崗岩とかでもいい。鋳物用の銑鉄でもこの時代でもそう作るのは難しくないはずだ。それに高速度工具鋼(ハイス)やらタングステン・カーバイドを持ってこなくとも、最低限の加工なら炭素工具鋼だって構わない。ただやっぱり冶金技術は欲しい。鋼鉄の大量生産となるとパドル炉や転炉が必要だろうが、小規模ならるつぼ法でもいい。これならたぶんこの世界の技術でも数年あればできる。もしかしたらすでにあるかもしれない。

 

「ねえケトくん。金属を作ることで有名な地域ってある?」

 

「ええ。道具を買うなら████████ ████か███████████のものだっていう詩があります」

 

「……となると、これを作るだけでそういう地域を敵に回しかねないか」

 

新しい技術の導入と、それに伴う社会変化はカオスを生む。そして多くの人はカオスを嫌う。同業者組合というのを技術史で扱うときには進歩を阻害した組織だなんて雑な解説をされることがあるが、その日を生きる人たちにとって数十年後の技術革新よりも来月の売上のほうがよっぽど重要である。

 

「もしかして、キイさんの知識って危ない?」

 

「最初に言ったよね?」

 

「ええ、ただ、ここまでとは」

 

「……それに、これで武器を作れるよ」

 

「どんな?」

 

「指を動かすだけで、百歩先の相手を殺せるような」

 

硝酸、水銀、エチルアルコール。大量生産しないのであれば雷管に必要な雷酸第二水銀を作るために工業化学は必要ない。硝酸を作るのが少し面倒か。硝石と硫黄と、反応用容器のガラス。いやガラスは全工程で必須と言ってもいいレベルだったな。どうせ綿火薬を作るにもニトロ化のための混酸が必要だから硝酸は必要か。

 

「██████ ███████の弓のようなものでしょうか?」

 

「それ、どういうもの?」

 

「僕も見たことないので詳しくは知りませんが、こうやって足で踏んで引っ張って……」

 

ケトの説明からすると、クロスボウだろう。かなり昔からあったはずだが、手間がかかるので弓を代替することはできなかった。

 

「たぶんもう少し厄介なもの、かな」

 

機関銃は戦争を変えた。華麗な軍服も、歩兵による一斉突撃も、第一次世界大戦を通してすっかり消えてしまった。いや他にも重砲の導入だとか色々と要因はあるが、それでも加工精度の上昇と規格化によって生まれた兵器が戦争での死者数を一気に増やすようになったというのは間違いないだろう。

 

「……こういう問題は、きちんとわかる人と相談するべきです」

 

「わかる人、いると思う?」

 

「……いるとすれば、図書庫の城邦ぐらいですかね」

 

「よし、ケト。一緒に行かない?」

 

「いいですよ」

 

異様にあっさりと、ケトは私の案に乗った。

 

「いいの?」

 

「まだ東方通商語も話せない人が、聖典語でこのレベルの議論ができますか?」

 

「無理」

 

今のケトとの会話でも思考の一部分しか言葉にできていない。それを、更に別の言語で?学習に必要となるだろう時間は、決して短くない。

 

「なら、キイさんに必要な人の一人は、東方通商語と聖典語がわかって、あなたの秘密を守ることのできる人です」

 

「……君の人生を、これに費やすことになるかもしれないよ?」

 

「この部屋に来たときから、そのくらいは覚悟できてますよ」

 

「それじゃあまずやるべきことは……私の東方通商語の練習かな」

 

「聖典語の本を読めるようになって欲しいのですが、それはまだ遠そうですね」

 

ケトが少し悲しそうに言う。見ていろよ?これでも負けず嫌いなほうなんだ。

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