軸受
「うーん、上手くいかないなぁ」
私は手元の名前が並ぶメモに印をつけながら言う。これで工房街で目をつけていた大半の人物に断られたわけだ。
「仕方のないことだとは思いますよ」
「わかってはいるけどねぇ」
腕のいい細工師は大抵忙しくて、紹介状があっても丁重に断るのである。まあ門前払いされないだけ効果はあるのだが。いきなり四人で押しかけてきてこういうものを作れないのかと聞かれるのは怖いだろう。それに面倒な招待状がついていて、「鋼売り」の人までいるとすればなおさらだ。得られる利益よりもその過程の面倒事を回避しようというのを責めることはできない。
「要求が高すぎるのでは?」
「手で作るなら不可能ではないはずなんだけど」
私の設計した旋盤で難しい点が3つある。
旋盤は回転する工作物を基本的には固定した
これを解決するために、軸はなめらかに回転して、かつしっかりと回転軸方向以外には固定されている必要がある。これができていないいい加減な旋盤では、いい加減なものしかできないのだ。というかある程度回れば良いのであればこの世界にも似たようなものはある。
「……ここだよね」
「そのはずですよ、キイ先生」
「鋼売り」から来た案内人の女性が言う。場長が教えてくれた人物は、彼女も噂を聞いたことがあったようだ。今では失われた技術で作った絡繰を再現しようとして、その貴重な才能を無駄にしているとの評判らしい。それでいてたまに作り上げる作品は傑作としか言いようがないので、実力主義の職人の間では不承不承彼を認めるのだとか。
「中にはその腕のため、悪鬼に声を売ったのだなんて話もありますが」
「信じるんですか?」
私はちょっとなんか嫌な気分になってしまったのもあって語調を荒らげてしまう。
「物語は物語ですよ」
受け流すように言う案内人。んー、これは私の負けだな。というかここらへんの「物語」に対する捉え方が独特で、私の予想と食い違うところがあるのだ。
「……失礼。いらっしゃいますか?」
私が北方平原語で言うも、反応はなし。まあ聾唖であれば聴覚側に問題があるからな。少し建物の周りを見てみて、それでも駄目なら少し周りの人に聞いてみよう。
神経質そうな、背が高い男。身体にぴっちりと張り付くような作業着を着ているので、どうにもかなり細く見える。
少し私たちの方を見て、彼は取り出した蝋板に文字を書き始めた。
『聖典語を解する人はいるかね?』*1
書かれた文字は北方平原語陰文字だ。
「僕と、この人、キイさんが」
ケトがゆっくり聖典語で言うと、彼は深く頷き、素早く蝋板の上で金属製の筆を走らせる。
『この文字は読めるか?』
少し崩されているが、私は頷く。ケトもだ。
「僕たちの声が聞こえるんですか?」
少しだけさっきより速く言うが、それでも丁寧に話すケト。私たちの中で一番聖典語に詳しいのは彼なので、私が一歩下がって話す訳を任せている。
『僅かに耳は使えるし、口の動きを見れば概ねは。しかしこちらが口を開けば君たちの聞くに堪えない声しか出ぬゆえ、黙らせてほしい』
筆を置いて、ジェスチャーも交えて説明をしてくれる。明らかに彼の書く速度が上がった。蝋板の筆跡はもうかなり潰れていて、私には読めない。
「ケト君は、この文字を読めるの?」
文字を書いた人物の方に顔を向けて、しかし視線はケトに向けて言う。
「ええ。衙堂流の速記術です」
ケトも私の方に目を向けて、口を職人に見えるように動かす。
『そこまで親切にしてもらわなくとも良い。それで、何の用だね?作るに値するものがあるのか?』
そういう言い方をすることができるというのは実力の裏返しだろう。まあその程度であればこちらがコミュニケーションを円滑にするコストを負担するぐらいはしますとも。
「これを」
私は図面を広げる。
「作って欲しいのは、この回転を支える部分」
『ある種の「ころ」か』
「はい。この部分をなめらかに回転させるために必要で」
『この金具は、ころ同士の接触を防ぐのか?』
「そうです。もし接触してしまうと、相反する二つの回転によってころが傷んでしまうので……っと、聞き取れました?」
『大意は解せる』
ケトが書いた文字を読み上げ、私が返事をし、職人が蝋板に文字を刻む。会話よりは遅いが、悪くないペースで意思疎通ができている。互いに少し考える時間があるのがいいのかもしれない。
『さて、来訪者よ。具体的な作り方について、考えはあるか?』
彼は私を試すように見下ろしながら言う。身長差があるとやっぱ少し威圧されてしまうな。まあ別にこれぐらいなら問題ない。
「ええ。ですが、作ることができるのはあなたです」