普通の人が思い浮かべるベアリングというのは、大抵はラジアル
そういう球を二つの円筒というか内側と外側に分かれたリング状の部品の中に入れると、球が転がって二つの部品の回転の違いを吸収する。球と部品の間の接触部分は小さいので摩擦も少なく、なめらかに回るというわけだ。内側を車軸に、外側を車体に繋げればタイヤの場所を保持しながら自由に走ることができる。
こういう部品は昔は木で作られていた。というかこの世界でも木で作られている。しかし問題は耐荷重だ。旋盤はそれなりの速度で金属の塊を回転させるので力がかかるし、その上削るときにかかる負荷まである。そういったものに木で耐えるのはちょっと限界があるわけだ。
まずはこの世界の技術水準の範囲で作れる範囲の部品を集め、組み立て、そこからまだこの世界になかったレベルの精度を作り出す。そのためには旋盤の癖をある程度理解することが必要だが、まあなんとかなるだろう。これでも学年で指折りの腕だったのだ。まあ親の町工場でエンジン作っているようなやつには勝てなかったが。あいつは確か高専に編入したんじゃなかったかな。まったく、職人の高学歴化とかもあるがそもそもこの分野に進もうとする人間がいないのでどうしても高学歴でないとやっていけないとかがあるというのは世知辛い。この世界でもどうせしばらくすればそういう問題が起こるからどうにか解決策というかマシにするアイデアを用意しなくちゃな。
「つまり、場合によっては動く部品をなくすべきかもしれません」
『柔い金属と硬い金属を使うのか』
私の言葉に職人は蝋板に書いて答える。少しずつではあるが読めるようになってきたが、まだケトの助けは必要だ。
「ええ。錫や鉛、銅などであれば鋼を傷つけることはない」
『この溝は油溜めか?』
「ええ。ただ、これはどうしても油を流し込み続けないと焼けてしまうかと」
『ならば実際に長く使われている球やころのほうが良い、と。なるほどな、学びが多い』
「そちらもですよ。よくまあこれだけのものを」
私はある種の絡繰を手に取って言う。リンク機構の組み合わせで作られたもので、土台にあるクランクを回すと銅細工の鳥が身体を揺らすものだ。硫化物かなにかで表面が黒くなっており、少し暗い場所で見るとかなり本物らしく見える。
『古帝国の職人には手が届かないがな』
苦しそうに息を吐き、職人は文字を綴っていく。
この世界の現代の技術は、滅びた古帝国の水準に、少なくとも工学の一部分では到達していない。職人の集めていた古帝国語の写本などを見せてもらったが、ごく一部の人物あるいは集団が短期間だけ見事な物を作り出したらしいということはわかった。とはいえ機械仕掛けの天文現象計装置で超新星爆発らしき現象を予言するというのはどう考えても伝承だろう。ニュートリノ検出器でもない限りそんな事はできないし、それでも数時間しか時間的余裕はない。
まあそういうふうに技術の興隆は一瞬で、その後の古帝国崩壊時の混乱によって多くの機械や文献や知識が失われたので伝聞やら誇張やらの重なった史料をもとに復元がなされているのである。職人が求めているのはもはや歴史上の遺物の再現というより、当時の人々が夢見た理想そのものであると言ってもいいかもしれない。なんというか、こういうときに史学的に正しい歴史を彼に言ってもあまり意味がない気がする。
『それより、そちらのほうはどうだ?』
「部品の鋳造なら受けてくれる場所がいくつかありました。条件を提示したら嫌な顔をされましたが」
『最終目的を知らぬ以上仕方あるまい。交換可能な部品など、今までは必要のないものだからな』
「まあ作る横
『ふむ。まあ最初は手で作るしかない、か』
「木製でもいいんですけれどもね。それなら鋼で削るための道具を作ればいい」
『木目は読めるのか?』
「うっ……」
私の中に木材加工に関する知識はほとんどない。木目の方向と強度の関係性が存在することはわかるが、具体的にどういう木をどの程度の乾燥させてどの向きでどう加工するかの具体的な話となると完全に駄目だ。その上私の知る木材と木の対応はこの世界ではあまり成り立たない。針葉樹と広葉樹程度はあるが、それより上のちゃんとした分類は私の知識ではできないのだ。
『知り合いに水車をいくつも作ってきた職人がいる。かつては君のいた図書庫の城邦にも行った一団の弟子だ。必要なら彼に聞け』
「ああ、その水車ならたぶん見たことがありますね」
トゥー嬢の父が作らせたあれだ。今では動力が発電機に一部使われているやつ。あまりやり過ぎると揚水が止まって大変なことになるので、私が帰ってくる頃にはたぶんもう少し小規模な水車が別に作られているだろう。あれは目的のために動力を取り出すには効率の低い設計がされていたからな。