図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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切削

ラジアル玉軸受(ボールベアリング)では内側と外側の回転を吸収させることができるが、これを作るためには綺麗な円筒を削る技術が必要だ。旋盤を作るために旋盤が必要なのである。

 

『最低限動く横轆轤(ろくろ)の軸受は木でも動くはずだ』

 

「それで部品を更新していく、と。そういうことができるように設計しておいてよかったな……」

 

私の設計した旋盤は少し不思議な構造になっている。例えば心押し台、つまりは回転する被工作物を回転するのと反対から支える部分がかなり動くようになっている。これは旋盤の加工範囲より長い螺子(ねじ)を切れるようにしているからだ。こうすればどんどん大きな旋盤ができる。必要な部品の中で旋盤で作るようなものは、この旋盤自体で再生産可能なようにもなっているわけだ。もちろん普通の旋盤は自己複製のために設計されていなかったので、実際に動くかどうかは保証対象外です。まあやってみるしかない。

 

そういうわけでなんやかんやで金属加工用旋盤第一号が完成した。木と真鍮と青銅と鋳鉄とが組み合わさったなんとも奇妙な見た目である。自動切削された石で打ち砕かれそうだ。そうかダニエル書のあれはNC旋盤がシェアを握るという予言だったのか。

 

「それじゃ、少し削ってみますか」

 

動力は人力である。足でペダルを踏むとクランク機構で青銅製のはずみ車が回転し、それに連動して回る真鍮の切削対象を浸炭処理した刃具(バイト)が削っていくという仕組み。歯車による逆転切り替えやギア比なんてものはない、原始的も原始的な代物だ。しかしねずみ鋳鉄製の骨組みはかなりしっかり振動を吸収してくれている。

 

加工対象は鉛を少し混ぜたなんちゃって快削黄銅。RoHSなんて知らないぜ。一応切り粉が飛ばないようにマスクはしているが、目は防護できていない。透明度の高いプラスチックとか作りたいが何がいいのだろう。ぱっとポリカーボネートが思い浮かんだがこれは色々ときな臭いビスフェノールAと第一次世界大戦で有名になったホスゲンの反応で得るとかいうまともな密閉技術もドラフトチャンバーも適切な防護具もなしには触りたくない代物である。……たしかビスフェノールAはフェノールとアセトンで合成できたよな?ちょっと待て。フェノールは石炭酸の名前の通りに石炭から回収できるし、ベンゼンをあれこれしてもいい。アセトンは発酵で得られる2-プロパノールの酸化。ホスゲンは不完全燃焼でできる一酸化炭素と電気分解でできる塩素を活性炭触媒で反応させればいける。案外高校化学の範囲で色々できるもんなのだなぁ。とはいえ技術を確立するまでに何人か、あるいはもう少し死ぬのでしばらく保留。今は適当に板状に切ったガラスでいいか。まあ手持ちにないので今は目に金属片が飛んでこないことを祈るしかない。

 

さて、どうでもいい思考はここまで。工作機械を相手にするときは油断すると死にます。髪は後ろでまとめておいた。袖は縛ってあるし、紐は袖の内側に入っている。服の裾も高さ的に巻き込まれる範囲外。当然手袋もつけていない。よし。

 

回っている歪な円柱状の真鍮に手で持った刃具(バイト)を当てると小気味いい音とともに切り屑が出てくる。

 

「表面が荒いな、ですって」

 

職人の筆談内容をケトが伝えてくれる。わかってるよそんなことぐらい。ちゃんと刃具(バイト)を固定するための台も設計はしてあるのだが、それは螺子(ねじ)で回転と連動して動かしたいのでまだ用意していない。平面を出すのも簡単じゃないしね。

 

工具を交換。作っている部品自体は特に用途のないものだが、なんとなく高校生ものづくりコンテスト旋盤作業部門に出てくるようなやつを形だけ参考にしている。螺子(ねじ)は切っていないし、テーパーも歪んでいる気がするがまあいいんだよ。

 

回転速度が落ちないようにペダルを踏みつつ、刃具(バイト)をゆっくりと移動させる。削りやすい角度、当てるときの強さ、回転速度の調整。ここらへんは多少は慣れている分すぐに見当がつく。とはいえ指先に当たる感覚がどうしても滑らかじゃないな。軸自体があまり真っ直ぐではないし、周期的な揺れが私の持つ刃具(バイト)を揺らしている可能性もある。

 

さて、大体の形ができたので突切りに入ろう。溝を作るように刃具(バイト)を垂直に当て、その溝をどんどん深くしていく。中心軸に向かってまっすぐに。

 

回転速度を少し下げる。少し刃具(バイト)を引っ込めるとちゃんと細い接合部が見えた。そろそろだ。一瞬部品がぐらついた後、切り離されて工作台の上に落ちた。

 

「こんなものですかね」

 

布で掴み上げ、職人の方に渡す。しげしげと眺められると少し怖いものがあるな。

 

『これをあの時間で作れるのか。いいな』

 

「全部手で削ったり、鋳型を作るよりかは楽でしょう。もっと改善を重ねていけば、より細かい加工も可能です」

 

これで最初の関門は突破した。あとは部品を作っていく作業に入るわけだ。

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