「奇妙な仕組みだ」
私は目の前の装置を見て呟く。ある種の紡績装置なのだが、紡錘車とも糸車とも違う。使う時には二人がかりだ。一人が軸を回し、もう一人が糸を出していく。糸のもとになる山牛の毛は図書庫の城邦の主流繊維である麻のようなものに比べて撚りを強くしなければならないためこうなっているのだとか。
一人が重りのついた軸を回すと糸が吸い込まれていく。もう一人が左手で持った塊から少しずつ右手で繊維を繰り出していく。ここで繊維にかける力を調節することで糸に撚りをかけるか糸を軸に巻き取るかが変わるということらしい。軸の回転に使う動力を水車とかにして、フライヤーをつけて撚りを自動化すればかなり手間は少なくなると思うが、それを超えるとなるとかなり手間がかかりそうだ。リング精紡機に直行できるほどの技術があるわけでもないし。大規模生産体制よりも、家内制手工業レベルで効率化を考えたほうが良さそうだ。
「うちの夫は繰りが上手くてねぇ」
ここの家主であり、作業者の一人の妻がそう言って私たちに温かい飲み物を出してくれる。赤いベリーを煮詰めたものに酒や香草や薬草などいろいろを混ぜたもので、かなり匂いや味が独特だがおいしい。ケトがちびちび飲んでいるところを見るとそこまで嫌ではないようだ。身体もどこか温まってきた気もする。
「そうなのですね」
やはり日常会話というか世間話はかなり厳しい。専門用語を使って文法通り話すのとは違って、文要素を平気で落としてきたりリエゾンがあったりするので辛い。ケトもここらへんは私と同じぐらいなので、使節官と「鋼売り」の案内人の通訳というか手助けがあってなんとかなっている。
「それにしても災難だねぇ、いきなりの雪に降られるなんてさ。あっちのほう、うちの夫の向かいに座っている人なんかは今日は薪拾いに行くつもりだったのにこんな空模様じゃねぇ」
ああ、これは長くなるやつだな。脳を相槌モードに切り替えて今後のことを考えよう。今いるのは街道沿いにある集落。雪が激しくなる前に温泉に行こうということで軽い荷物を持っての移動である。ここからしばらく先にある少し大きな村からは定期的に「鋼売り」の隊商が出ているので、それと混じって温泉まで行こうというわけだ。なお今の時期に温泉に行くことは珍しくはないらしいが、ピークでもないとか。
それにしてもみんな頑丈である。靴についてはケトにも買わせたが、どうやらもぞもぞするらしく今も脱いで部屋の中央にある暖炉みたいな暖房器具に足の裏を向けている。まあ今の時期は凍瘡とか凍傷とかが怖いものな。少なくとも防水だけはしっかりしておけと靴屋の人に言われたのでたっぷりの蝋を塗ってあるし、背嚢の中には靴下代わりの布がいっぱい入っている。
「こういうふうに糸を作るのは男性の仕事なのですか?」
私は小声で「鋼売り」の案内人に聞く。
「私のいたところでは子供の仕事でしたし、場所によって違うと思います」
なるほど。まあ手の空いた人がやる、というものなのかもしれない。このあたりは緯度もあって冬は長く、時間が余る割にできることが少ないのだ。そして人口が増加するし、気象のせいで食料生産量が限られるのもあって傭兵とかになったり出稼ぎに行く人も多い、と。こういうところに下手に家族計画とかの思想を持ち込むとそれはそれで面倒なことになりそうだな。
「母から聞いた話では、柄織りは女性の、無地織りは男性のするものだという話もありましたね」
「面白そうねぇ」
私たちの話を聞いていたのか家主がこちらに向く。
「このあたりではあまり柄織りはしないわねぇ。綺麗なんだけど、なかなか大変で、そうそう、うちの祖母の姉がそういうのが得意で、『鋼売り』さんたちにも高値で買ってもらっていてねぇ、見るかい?」
「ぜひ」
私は少し身を乗り出して言う。こういうものが見れる機会は逃したくないのだ。
「これだよ」
そう言って家主は私たちの前に一辺が腕を広げたぐらいの長さがある正方形の布地を見せる。手のひらぐらいの正方形のパターンの組み合わせだ。ある一定の繰り返しパターン……いや、違うな。重なりに周期性がないし、色も様々だ。たぶんわざとだろう。近づいてみれば直角に曲がる線という規則性があるし、遠目で見れば規則性らしいものがあるが、例えば数個のパターンを見ると一気にバラバラになる。それでいて調和というかリズムがあるのだ。準結晶みたいな感じに近い。
「凄いですね……」
「ええ。これなら銀片数十で取引されるでしょうね」
私が呟くと、案内人が商売人らしいコメントをくれる。このあたりの物価は図書庫の城邦に比べれば多少低いので、それを加味すると悪くない収入源になったのだろうとは推定できる。
「私はその大叔母さんに気に入られていてねぇ、あまり私自身は撚ったり編んだりは上手じゃなかったけれども、こういうものを貰ったりもして……」
首から下げていた小物入れらしいものを彼女は見せる。さて、今夜は色々聞けそうだ。