靴に滑り止め代わりに巻いた紐越しに薄く積もる雪を感じながら、気をつけて道を進む。転んだところでそれなりに頑丈な外套を着ているので大きな怪我をすることはないだろうが、それでも気をつけて。消毒薬とか作っておくべきだったかな。まあ基本的には炎酒でもいいのだが。とはいえ手術とかのレベルになるともっとちゃんとした消毒剤がほしいんだよな。過酸化水素とかエチレンオキシドとか。合成方法なんて覚えてないが、まあ材料を入れて高温高圧でいい感じの触媒を突っ込めばいけるやろ、知らんけど。
「よっし、ここらで天幕を張るか」
発音の癖が強い北方平原語で商隊長が言うと、商隊の荷を積んだ山牛車とか見張りの人とかが足を止めて泊まる準備を始めた。なお商隊と傭兵団はほぼ同義語だ。あまり治安は良くないので、荷物を運んだり料理をしたり天幕を張ったりとしている人のほとんどが戦闘人員なのである。「鋼売り」の名にふさわしく、なかなか切れ味が良さそうな曲刀を多くの人がつけている。料理にも工作にも使えて便利だ。そして研いでいる人もいる。数十人の商隊が休息するとなると一気に賑わうな。移動中は張り詰めた空気があって怖いのだが。
「……それは?」
私は枝を集めて山にした男性の手元にあるものを見て聞く。
「ああ、ここ以外じゃあまり見ないのか」
そう言いながら男は私の目の前にそれを見せてくれる。針葉樹の葉らしきものに黄土色の何かがついていた。鼻につく独特の匂い。
「あー……何がついているかは知っていますが、北方平原語で何と言うかはちょっとわかりませんね」
「あんたの知ってる言葉だと?」
「聖典語で『
「なるほど。こっちでは青炎とか臭石とか呼ばれてるな」
「ああ、なるほど。確かに」
前者は燃えた時の炎の色に、後者は燃えた時の匂いに由来しているのだろう。聖典語だと語源は「火の鉱物」と言ったところだ。まあbrimstoneも「燃える石」だしな。
「こいつはあっと驚く代物ですぜ姐さん」
そういって物々しく彼はいろいろなものを広げる。この一人称は製鉄場で時々呼びかけに使われたな。旦那とかそんな感じの言葉の女性版。ma'amみたいなものだと思えばいい。
「火種が尽きたとき、旅の途中、そんな時でもこいつがありゃぁ」
そんな事を言いながら取り出した火打ち石で鉄の塊をガツンと叩く。火打ち石はなんだろう。文字通りの
「ほうれ一発」
枝から少し煙が出る。男が少し枝を振るようにして空気を通すと、一気に炎が出た。
「あなたの腕がいいからでは?」
「へへ、どうも。けどやっぱり便利だぜ」
着火用の道具となるとぱっと思いつくのは圧電素子を用いて液化ガスに点火するもの。けれどもPZT、チタン酸ジルコン酸鉛は作れない以上フェロセリウムとかがいいのかな。セリウムがどこにあるか知らないけど。ランタノイド系列なので長期的にはそういう鉱物資源を見つけておきたいのだが。っと、そういえば圧気発火器なんてものもあったな。これはいい感じのシーリング材が見つかれば今の工作機械の精度で作れるはず。何が良いかな。確か東南アジアあたりで使われていたやつは紐とかで密閉していたはず。こういう素材も一個一個探して作って試してとやっていかねばならない。ここらへんはノウハウ率が高くて教科書には載っていない分野なのだ。だからこそ調べると楽しいのだがそれが発表できるレベルになるかというと微妙だったりする。どうでもいい知識だけが積み重なっていくのだ。
「さてさて、これは天幕の中に入れてしまおう」
火鉢のような入れ物に熾火になりつつある木を入れて、彼は天幕の方に運んでいく。暖房代わりというわけだ。っと、気がつくと夕日が眩しい時間になっていた。あっという間というほどの短い時間で山牛の革と山牛の毛で作った織物で高さが私の背よりも低い天幕が複数貼られている。寝るためのものだな。なかなか面白い仕組みである。一定の表面積で囲める最大の体積を与えるような図形は球だったはずなので半球にするのが最適解なのではと思ったが、人間が横になって入れればいいので高さはそこまで必要ないのか。
つけられた火が他の人に回収され、お湯が沸かされたり香ばしい匂いがしてきたりする。全体的に滞りはなく、行動がきびきびとしている。部外者である私たちが手を出せないほどだ。あ、案内人として「鋼売り」から来た彼女はちゃんと天幕設営の仕事をしていた。今日はここで毛布に包まって寝ることになる。基本的に複数人で一つの毛布を共有することになり、なんか色々と噂を聞くにどの組み合わせで寝るかがちょっとした揉め事になるらしいが私とケトは二人で一つの毛布を使っていいらしい。ありがたいことだ。