図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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消毒

温泉旅行のお土産は硫黄一抱え。これで純度の高い硫酸が作れるはずだ。このあと厳しい冬を越して、春になって海に張っている氷が溶けたら懐かしの図書庫の城邦に戻ることができる。

 

「んー、やはり身体がかなり楽になったな」

 

工房街までの道のりを行きと同じ商隊と歩きながら私は呟く。数日だけであったが、肩がかなり軽くなっていた。低体温とかもあったのだろうな。すっきりした。

 

「かなり入っていましたからね」

 

ケトが私の隣でため息を吐いて言う。ちなみにケトが入ったのは一日一回で、それぞれ10刻*1も浸かっていなかったはず。

 

「まあね。おかげで色々と考えもまとまったし」

 

「……また、変なことをするんですか?」

 

「そう。次は医学に手を出そうかと」

 

「できますかね?」

 

「というと?」

 

「今、図書庫の城邦はかなり大きく動いている頃だと思うんですよ」

 

「長卓会議の招集だっけ?」

 

まあ国会とか三部会のようなものだ。開かれるのは来年の冬なので、私たちが顔を出すことはできるだろう。とはいえ行政担当の司士や司女が動けるのは農閑期に限られるので、もう動いていると考えていいか。まあ印刷物管理局がそこまで大事に巻き込まれてはいない、はず。きっと。

 

「キイさんがやってきた色々が、形となって出てくることです。その元凶として責任を取る必要が出てくるかもしれませんよ?」

 

「局長就任みたいなやつか……」

 

活版印刷を作って、印刷物関連の法整備を手伝ったらなぜか図書庫の城邦で印刷物を管理する一番偉い責任者になってしまったことを思い出す。

 

「みんな、元気かなぁ」

 

「帰ればわかりますよ」

 

「けれども、帰るのは半年後だよ?」

 

この鋼鉄の尾根に来たのは半年前。もう半年は旋盤を弄って、いくつかの自動機械を作っていれば終わるだろう。

 

「そういえば、ケトは冬にはどうするの?」

 

「キイさんの手伝いをするつもりでしたが」

 

「……まあ、確かに助手は必要か」

 

基本的な工作技術というか旋盤の操り方ぐらいはちゃんと教えるべきだろうな。これでまたケトのスキルが伸びてしまう。

 

「なら、手続き関連を任せてもいい?」

 

「横轆轤(ろくろ)を新しく作るための水車を手に入れるであるとか、鋼売りと素材の調達について話をしたりであるとか、山歩きの人たちにどういう石を持ってきてもらうか、とかですか?」

 

「……そう」

 

ああ、やりたくないがケトにやらせたくもない仕事だ。まあ誰かがやらねばならないのではあるが。とはいえ彼ももういい大人なんだよな。私もそれなりの年齢になってしまったし。

 

「あとは帰りのときに試したいことがあるから、塩と消石灰を手に入れておかないと」

 

「何に使うんですか?」

 

「水を腐らないようにする。水中の微小生物を殺す薬だよ」

 

「……疑問が二つあります」

 

「どうぞ」

 

「一つ目。前に料理を瓶に入れて煮ることで内部の微小生物を殺すという方法を取りましたよね」

 

「あ」

 

すっかり忘れていたが一部が残っていた。まあたぶん問題なく食べれるからいいのだが。

 

「……食べていないことに気がついたんですか?」

 

「……そう」

 

「本題に戻しますよ?」

 

「どうぞ」

 

「それと同じように、煮てはいけないのですか?」

 

「燃料代」

 

「それは問題ですね。二つ目。そのような薬は人間にも毒なのではないでしょうか?」

 

「ある程度は毒だと思うけど、量の問題。あと微小生物を殺す効果のある成分は時間経過で薄くなるから」

 

実際に殺菌ができる濃度とかは確認しないといけないよな。頭の中で軽く実験計画を立てる。アミノ酸の多いスープを作って煮沸消毒した後、その中に殺菌剤として使うさらし粉を入れていく。菌が繁茂して濁ればその濃度では駄目だということ。ああでもこれだと水に対して使えるかがわからないな。水に入れて数日置いて、それを煮沸消毒したスープに入れる方がいいか。本当はガラス製のペトリ皿とかがあれば便利なのだが、まあ匂いとかでも確認できるだろう。ある程度以上まで行くとガラス細工が必要になるが、洗気瓶や北里柴三郎式の嫌気性培養用の容器ぐらいは作れるようになっているはずだ。ふふふ。準備しておいたものができていると考えると楽しみだ。まあできていなくても一月もあればなんとかなるはずだ。

 

「……ならいいですが。キイさんが飲んでくださいよ?」

 

「わかった。……ところで、衙堂の司士見習いに少し聞きたいことがあるんだけれどもいい?」

 

「すでに司女の人に聞かれるのも変な気もしますが、どうぞ?」

 

「自分から危険なことをするのはともかく、相手にそれを求めるのってどうなの?」

 

「問題になるとは思いますが……つまりは、そういう危険だけれども試さないともっと危険なものをどうするか、ですよね」

 

「そう。私を実験の対象にできればいいけど、例えば薬とか治療法とかでまだ効き目があるとわかっていないものを使うのはどうなのかなと」

 

「……文面は覚えていませんが、例えば図書庫の城邦の医学師試験では最初に誓いがなされます。その中に自らの知識と与えられた環境の中で最良と考える選択を提案する、という文言があったはずですね」

 

「提案なんだ」

 

「ええ。決めるのは患者か、もしそれが叶わなければ患者の家族や知人になるでしょうから」

 

「となると、本人が選択すればいい……」

 

「確か、選択を迫るような状況に追い込むことについてはなにか言われてはいないと思います」

 

「問題じゃないの?」

 

「まともな医学師はそういうことをしませんので」

 

医療従事者が信用されているということでいいのだろうか。となるとこの信用を崩すのは良くないな。根回しはきちんとしておかないと。

*1
40分

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