半月ちょっとぶりに工房街へと戻ってきたことになる。まあ特に大きく変わったこともないが。
『作っておいたぞ、これで良いか?』
そう言って蝋板を示す職人の手には、黄金色をした機構があった。
「おそらくは」
私の出かけている間に作ってもらえるかと頼んでおいたものだ。私よりも彼のほうが基礎知識もあって工作が上手になってしまったから任せたのである。
『きちんとした測定はしていないが』
「構わない。そこは私がやる」
繰り返し再生産して平滑化された送り螺子を使って作った螺子を使った測定装置である。
「ああ、これが昔言っていたやつですか」
ケトが装置を持っていろいろな方向から見ている。構造はそこまで難しくない。ウィリアム・ガスコインから始まる螺子を使った測定装置、測微尺だ。製造過程と目的を考えるとヘンリー・モーズリーの控訴院、もとい工房で使われていた「Lord Chancellor」に近くはあるが、構造はジェームズ・ワットのやつに近い。U字型のフレームの片側に螺子で伸びる棒があって、完全に螺子を締めるとくっつくようになっている。実際にはトルクのかけ過ぎを防ぐために適切なラチェット機構とかを組み込みたいのだが、それはまた今度。今は使えることが重要である。
「そう。螺子部分は触らないでね。あと締めすぎないように」
根本にあるハンドルで螺子を回すとメモリの刻まれた指示板の上を針が回り、横の目盛りが何回転したかを指す。
「これでものの大きさを測るんですよね」
「そうだけど、まずは誤差の測定をしないと」
できるだけ同じ高さに揃えた部品を複数用意して、それを積み上げながら測定していく。ブロックゲージというやつだ。ここで高さを調整するために硝子板を使う。使っている金属のブロックは硝子板よりも微妙に厚く作ってある。なので硝子板の隣に置くと微妙な段差ができるわけだ。ここでその上からもう一枚の硝子板を乗せるとくさび形の空間ができる。ここで発生する光干渉のパターンから微妙な差を求められるのだ。大学入試でよく出るやつ。いや、そこまで頻出かな?
なお、この世界は物理の問題のように優しくはない。硝子板の様々な場所で光は反射するし、屈折する。その上単色光を作るのは難しい。ナトリウムランプとかを持ってくればよかったのかもしれないが。水素放電管とかでもいいよ。可視光範囲のバルマー系列とかである一定の波長を手に入れる事ができればいいのだが、そうは行かないので太陽光でどうにかする。手早く実験をしないと光源が動くのが問題だが。電灯はちょっとフィラメントの処理と不活性ガスの封入で手こずったので案だけ投げてこっちに来てしまったからな。帰った頃にはできているといいが。
そうそう、水素放電管があるとそこからヨハネス・リュードベリのやったように式が作れて、原子内の構造が予言できるようになる。あとは簡単な加速器があれば色々と言えるので、なんやかんやでたぶんシュレーディンガー方程式を作れる。こうすれば分子構造からその分子が持つ特徴を理論上は計算で求められるようになるのだ。なおこれができたとしても近似に近似を重ねないとまともに計算できないはず。まあ、数学理論について私ができるのは大学教養レベルまでなのでそれ以降は天才たちを引っ張り出してそちらに投げよう。数学の難しさに科学が囚われていてはいけない。私が高校生の頃はWolfram Alpha先生に頼りきりだったからあまり大きな声では言えないが。
本題に戻る。そういうわけでここに取り出したのができるだけ高さを合わせたゲージです。
「記録お願いね」
「わかっています」
これを一つ一つ重ねていって、その時に螺子何回転分の隙間が必要だったかを測定する。例えば1つのゲージブロックを入れるために2回転半の隙間が必要なら、2つ入れるためには本来5回転必要になるわけだ。
「2.37……2.39……2.33」
一回測定して、螺子を緩めて、再度測定。ここで使うのは平均値でいいだろう。こうしてまず1個挟んだものを測定して、次に2個のを測定。
「4.92……4.89……4.87」
ざっくり倍ではあるが、綺麗に倍ではない。螺子のピッチ、つまり山と山との間隔がちゃんと揃っていないことが原因だろう。え、測定方法が悪い?そういうのは全体の傾向を見てその因子を出してからしか言えない。まあ装置の誤差に全部押し付けるのは避けるべきことだったな。反省しなくちゃ。まあその測定装置特有の癖さえ掴めればそれをもとに補正することはできる。線形補正でもいいし二次関数とかでいい感じにやってもいいが、面倒なのでグラフを書いて気合で値を読み取る形式だ。だってわざわざ近似式を求めてとか面倒ですものね。
そうして完成した補正表は、まあそこそこ精度のいい測定ができていることを示せている。まあこのくらいの精度が出せれば、不良品率50%ぐらいではめあいもできるだろう。かつての世界では絶対に許されない数値だな、と私は小さく笑った。