図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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比重

まずは風防のついた精密な天秤を用意します。一応持ってきたものもありましたが精度が悪かったので金属加工設備もあることですし作りました。重りは一応この鋼鉄の尾根で使われている単位に合わせてあります。時代の変遷で多少差は生まれたけど、本来の基準は麦の粒の重さだそうで。グレーン(穀物)と同じですね。

 

「1380粒ぶん……っと」

 

ケトとダブルチェック。よし。そして上から紐で吊るしたような形にした試料の質量を測定。重さが出たら次は試料の下からじりじりと水の入った容器を持ち上げていって試料全体を水中に入れます。ここで持ち上げる際に使っているのはパンタグラフジャッキ。あのひし形みたいなタイヤ交換で使うやつ。案外雑に作ったものでも機能するんですね。

 

「1090……でいいかな」

 

私が重りを調整しながら言う。

 

「1080に見えます」

 

ケトの訝しむような声。

 

「まあどっちでもいいか」

 

「いいんですか?」

 

「どうせ測定もいい加減だから、ざっくりとした数字が出せれば十分だよ」

 

「そういうもんなんですか」

 

「あれ、測定原理を説明していなかったっけ?」

 

「なんとなくはわかりますよ。水の中なら物が軽くなるけれども、重い物ほど軽くなりにくいのでその度合を調べているんでしょう?」

 

「……用語が難しいな」

 

ケトの言う「重い」と「軽い」は、質量と密度の両方の意味で使われている。重さと質量の違いに比べればその違いの説明は簡単なものだが。

 

「ちょっと確認。紙と鉄、どちらが重い?」

 

「なるほど」

 

「何がわかったの?」

 

「同じ大きさで重い、同じ大きさで軽い、と言うべきでしたか?」

 

「……そう。せっかくひっかけようと思ったのに」

 

よくある子供のクイズだ。鉄1キログラムと綿1キログラム、どちらが重いかというもの。なお私は悪い子供だったので「1キログラムというのは真空中で?」と思っていたが真面目そうに見える児童だったので口にはしなかった。内申点って大事なんですよ。一部の話がわかる悪い先生には「自分の言葉で説明してみて?」と言われて本で読んだだけの私はあたふたしたものだ。懐かしいなぁ。思い出してしまったのでうめき声をあげる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……大丈夫。なんて言えばいいかな。濃さ、とか?」

 

「稠率、とかですか?」

 

「いいね。それを使おう」

 

また学術用語が雑なノリで決められてしまった。あとでちゃんと用語集を作っておかないと。用語定義の統一は議論のために必要ですからね。

 

「さて、もう一度さっきの説明を、稠率(密度)という言葉を使って説明してもらえる?」

 

「ええと、水の中で稠率(密度)が低いものと高いものとがあったとき、稠率(密度)が低いものは稠率(密度)が高いものより浮かびやすい性質があるので、空気中では同じ重さでも水中では稠率(密度)が低いほど重さが軽くなります」

 

ここで使われている「重さ」は厳密には重力と慣性力と浮力、あるいは水圧によって生まれる力の和によって得られるものなのだが、まあここらへんはいいか。

 

「軽くなる率が大きくなる、とでも言えばいいかな。今回のその率は?」

 

「ええと、軽くなったのは300粒ぶん。比を取る時には水に入れる前の重さを使えばいいですか?」

 

「いいよ」

 

「1380を300で割ればいいので……4.6、でしょうか」

 

ケトが手早く蝋板に筆算をして答えを出す。たてて、かけて、ひいて、おろすという小学校でやるような長除法だ。正直この世界ではこの方法が使えるだけでかなりのものである。私は暗算で出せるけれども。まあこのために九九を叩き込む必要があることを考えると広まるにはもう少し時間がかかりそうだが。これをあまり実力のない教師でも10歳のほとんどに教えることのできるカリキュラムというのは本当にすごいのだな。

 

「そう。これが水と比べた時の稠率(密度)になる」

 

「……どうしてですか?」

 

「うーん」

 

基本的にはアルキメデスの原理である。が、これをちゃんと示すのは厄介だ。シラクサのアルキメデスが書いた「浮体について」は日本語で読んだけれどもそれでもかなり大変だったし。

 

「まあ雑な説明でよければできるけど」

 

「構いません」

 

「ある非常に薄い殻でできた瓶か壺みたいな蓋のできる容器を考えるよ。その中に水を満たして沈めると、どうなる?」

 

「容器の素材が水より稠率(密度)が高いか低いかにもよりますが……浮きも沈みもしない、と言えばいいですか?」

 

「非常に殻が薄ければね。一旦水を全部出して、同じ重さの鉛でも詰めるとしよう。これを沈めた場合は?」

 

「同じですね。浮きも沈みもしません」

 

「ここから水の中ではその物体の大きさに応じた、持ち上げるような力が働くと言える」

 

「……ええ、まだなんとかわかります」

 

「その力に対して稠率(密度)のようなものを考えるとすれば、それは水と等しくなる」

 

「ああ、それが試料を軽くした、と」

 

「だいたいはね。詳しくやると深いほど水によってかかる力が大きくなるので、上部と下部での力の差が生まれて……」

 

「ちょっとやめてください」

 

「はい」

 

「ええと、水と比べた時の稠率(密度)が4.6ぐらいということは……」

 

「鉄ならだいたい8。銅なら9。金なら19だ」

 

私は暗記している数字を言う。ちょっとしたズルだ。

 

「それに比べれば軽いでしょうけれども、普通の石よりは重い……じゃなかった、稠率(密度)が大きいわけですよね」

 

「そう。つまりは稠率(密度)の高い何かが混じっている可能性が高い」

 

「鉄とかですか?」

 

「それを今から調べる」

 

さてと、楽しい試料分析の時間である。とはいえ使える薬品にも限りがあるし、定性分析で使いたかったアンモニアもないのでまあ予備調査レベルになるが。

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