私がかつて過ごした世界ではほとんど経験がなかった技能について、問われる時が来てしまった。
「値銀片、銅葉二足らずの菜と、三余りの鶏を買う。幾ら?*1」
ハルツさんの声。私は頭の中の電卓を叩く。
「銅葉四にて」
「まだ甘いね。ここは銅葉五で菜を多めにしてもらうのさ」
「わかるかぁ!」
私の叫び声に隣のケトが笑いをこらえて辛そうな顔をしている。ひどい特訓だ。
「いいかいキイちゃん、街の商人ってやつはがめついんだ。だから相場を知らないといけない」
ハルツさんの有り難い言葉が心に染みる。値引きなんてものを経験したことがない時代の若者にはかなり難しい特訓だ。一応は大阪にいたのだが基本こういうことはしなかったな。
「キイさん、計算なら得意なんですけどね」
「算術とこれはまったく違う技能ではなくて?」
そうやって言いながら、私は机の上に置かれた歪な銀と青銅の塊を見る。
かつて、この地には巨大な国家があったという。しかしそれは後継者たる兄弟たちによって分割され、侵略者によって奪われ、豪族によって乗っ取られたことで歴史から消え去った。しかしながら、その国家の威信は様々な形で残っている。例えば通貨。「銀片」というのは当時から用いられた高額貨幣であり、ざっくり一日半から二日ぶんの給与に相当する。その表面に刻まれた古帝国語と呼ばれる表意文字は銀の品質と重量を保証し、多くの人の手を経て表面の凹凸が均されながらも世界交易で通用する通貨となっている。とはいえこれで日常の買い物をするのは困難であるため、少額貨幣としての銅葉というものもある。イメージとしては遠足のおやつ代だ。
「では次。値銀片、銅葉二にて艶ある良い魚五匹。ならば銅葉一ならば?」
「三匹」
「二匹と骨。さすがに三匹は欲張りだよ」
「わからない……」
私は頭を抱える。
「安心してください、僕もわかりませんから」
「ケト、衙堂の蔵に尽きぬ銀片があるっていうなら私もこんなことはしないよ。ただ図書庫の城邦は商いの街だ」
「知ってますよ。公価店で買えばいいじゃないですか」
「公価店って?」
知らない単語が出てきたので私はケトとハルツさんの会話に口を挟む。
「市場とかで決められている、標準的なものの値段でものを売るお店です。会堂などはその値段でものを買う。代わりに、売る人はきちんとした質のものを入れないといけません」
「なるほど」
ケトの説明を聞いて、なかなか面白くて合理的なシステムだなと考える。
「もしこういうものがなければ、商人は客が何も知らないのをいいことに粗悪品を売りつけるでしょう。客はそれを嫌がって少ししか銅葉を払わない。どうせお金がもらえないなら、いい質のものを集めてくる商人はいなくなる」
「……それ、何かで読んだの?」
「ええ」
あれ、これと似たような議論をどこかで聞いたことがあるな。スウェーデン国立銀行が賞金を出す
「確か……あった。これです」
ケトが出した巻物の表題は「商者警句集」とでも訳せばいいだろうか。少しずつ聖典語の単語もわかるようにはなったが、まだ読める域には達していない。
「原典は古帝国時代、鋳貨廨……貨幣を作っていた施設で受け継がれてきた言葉らしいです。それが長い時間をかけて書き加えられて、最終的にこういう風にまとめられた、とされています」
「読んでもらえる?」
ケトは頷いて、息を吐いた。
「我が弟子よ、師の過ちを学べ。真に良き商者となるを望むのであれば、己の身を滅ぼす欲とそうでない欲を理解せよ……」
内容としては商業に関する様々な言葉だ。安く買い、高く売れ。信頼は革袋に詰められた銀片に優る。自分の扱わぬ富を扱うことのできる同業者を友とせよ。なかなかに面白い。少しゲーム理論を混ぜれば、すぐにでも経済学の芽生えができそうだ。
「ねえケトくん。こういう本は、図書庫の城邦で学ばれるのかい?」
「はい。統治学に入るでしょうね」
私の知るヨーロッパ史では、経済学の発展は近世から始まる。もちろんそれ以前から議論自体は存在するが、実学として研究する体制が昔からあったわけではない。
「統治に、商業の知識が必要なの?」
「それはそうでしょう。国は耕人なしに成らずなんて言葉もありますが、貨幣なしに取引はできません。人が自分だけで生きることができない以上、統治とは取引を支配することです」
本当に時代背景がわかりにくいな。重商主義と重農主義の対立というと、18世紀ぐらいか?ああ知識が足りないのが辛い。インターネットがあればすぐに検索をしていただろうに。
「ここでは、お金が全てを解決してくれるかい?」
「まさか。ただ、お金でなければ解決できない問題は多いですし、お金があれば解決できる問題はもっと多いですよ」
ケトの言葉。権力と、経済力と、この世界ではどちらが力を持つのだろうか。その二つが同義語なのかもしれないが。