実験というか分析が終わったら後片付けの時間である。とはいえやることはそう難しくはない。まずはできるだけ沈殿を作る。そして酸は酸で、塩基は塩基でまとめた後にいい感じに中和させ、水を飛ばす。これで余ったやつは溶解炉に突っ込んでおけば酸化物になって鉱石の状態に戻るわけだ。試薬が高級品ならここで回収したりだとかをできるだけするのだろうが、今回使ったもののうち入手困難なのは硝酸ぐらいだしそれも手間をかけて回収するほどではない。面倒なのもあるけど。
あとは水で濯いで洗って、仕上げに口で吹くタイプの洗瓶につめた蒸留水で綺麗にする。吹口から息を吹き込むと内部で水が押されて蒸留水が細くした
「トゥー嬢のやり方とはかなり違いますね」
薬品の片付けは私が、洗浄はケトがやっている。洗浄時の排水は一応まとめて下水に流す。ここでも上水路と下水路みたいなのがあって、混じらないように色々と注意されている。下流の海で生体濃縮とか起こらないといいが。
「私のもといた場所の作法だから」
とはいえ一部は半世紀ほど前の手法だ。今ではたいてい洗瓶はぺこぺこのポリエチレンだし、廃液は種類ごとにまとめて専門業者に引き取ってもらう。まあこの方法なら六価クロムは生まれないはずだし、処分方法としてはそう間違っていないはず。まったく、普通の化学やってる人でもこういう古臭い手法はまず知らないぞ?なぜ私が知っているかと言えば読んでいる本が古かったからである。内容はそう変化しないからと古本屋で買った本を娘に読ませる親のせいとも言う。そう考えるとあの時読んだ色々な本と学校で学んだ「正しい」実験方法の違いが私を科学史の沼に引きずり込んだ元凶の一つかもしれない。まあそれはいい。
「ところで、これは一体何だったんですか?」
試料になった石を見てケトが言う。
「んー、ある種の金属と鉄の
「どういう金属ですか?」
「ええとね、私がかつて使っていた言葉では『色』に由来する名前で呼ばれていた」
クロミウムの語源は
「赤とか青とかではなく、『色』ですか」
「そう。化合物が色とりどりだったから、だっけな」
「……まあ、そういうのは僕たちがこれから見つけていくのでしょうけど」
「はいはい、黙っておきますよ。けれども、この金属にはいくつか有用な使い方があってね」
「例えば?」
「鍛鉄と混ぜると錆びない鉄ができる」
「……すごいですね、それ」
「まあ、これで必要なものの一つは揃った」
これの精錬は電気炉で行けたはず。あるいは電気分解でも行けるか。問題は電気だよ電気。フェライトコアみたいなものがあれば高周波用の磁心が作れるが、必要な材料と温度環境と雰囲気が怪しい。基本的にはセラミックなので混ぜて焼いて砕いて混ぜて型に詰めて焼けばいいのだが、せめて電気炉と熱電対が欲しい。はい、まだ色々と足りないものがありますね。ニッケルと白金とロジウム。山歩きの人に任せるしか無い。
「ところで、残りの石も全部こうやって調べるのですか?」
「いや、もう少し簡単な方法を使う。ちょっと特殊な分離方法を使うけどね」
首をひねるケト。あー、確かにこの技術は結構最近まで生まれてないからな。確か20世紀の初頭、ミハイル・セミョーノヴィチ・ツヴェットによるもの。
「ええと、例えばこれを作った時にも使った方法なんだけど、まずは小果の皮をよくすり潰して水に溶かして、液体を作る」
そう言って私はpH指示薬代わりに使っていた液を取り出す。アントシアニジンらしい色素が含まれているので、酸性だと薄紅に、塩基性だと青緑に染まるのだ。
「ええ」
「そこでこんな感じの長方形の紙を用意して……」
適当な固定具を持ってきて、紙の一端を色液に漬けた状態に支える。
「こうやると下の方からじわじわ……と上がってくるの、わかる?」
「ええ」
「この上がる速さの違いを利用する」
「速く上がる金属基質と、そうではない金属基質の差ですか」
「その通り。そして後は適当な方法で色をつけてあげればいい。硫黄蒸気に当てるとか、苛性液につけるとか」
「どの場所で、どの色が出たかで見分けるということでいいですか?」
「その通り。まあその情報はないから全部調べるしかないんだけどね!」
「トゥー嬢に丸投げですか?」
「いやちゃんとトゥー嬢に弟子というか部下を斡旋するので……」
あの人の下で学ぶのは相当色々な条件が必要そうだし、人選をきちんとする必要があるだろうが。