図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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硝石

「ところで、『鋼売り』では硝石を取り扱っていないの?」

 

図書庫の城邦から来た4人で食卓を囲んで情報交換をしている最中、私は「鋼売り」から来た女性に質問する。硝酸があまり潤沢には使えないので製造用の硝石、つまりは硝酸塩が欲しいのだ。

 

「……いいえ」

 

「そう」

 

少し反応にラグがあったが、たぶん図書庫の城邦経由とかの輸入では取り扱っている、という話だろう。直接的に生産地を押さえているわけではないというだけで。

 

「そうでした、キイ嬢。後で少し個人的に聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

「いいよ。ケトを追い出そうか?」

 

「……そうですね。その方がいいかと」

 

まあ女性同士の会話だろう。ケトももういい年齢なのだから、確かにそういう会話からは除外されるべきだし。

 

「頭領府外交局の仕事は順調。『鋼売り』と一部商品の貿易に対する覚書を交換できた」

 

そう言うのは使節官。

 

「ところでちゃんと北方使節官としての仕事?それとも『鋼売り』の関係者として何か利害関係があったりする?」

 

「無いとはいい切れませんが、どちらにも利がある取引ができたかと」

 

私の言葉に使節官は自信のこもった声で返す。

 

「なら、私からはこれ以上はないかな」

 

ふと横を見ると少し疲れたようなケトの顔。まあ、昼食しながらこういう話をするのに慣れていないと食欲が出ないよな。

 


 

「お時間を取らせてしまい、申し訳ございません。キイ先生」

 

そう言う彼女の顔は綺麗な笑顔であった。私はケトをこの場に呼ばなかったことを少し後悔しつつ、微笑む。

 

「構いませんよ」

 

ここから彼女の脇を通り過ぎて逃げる……のは無理だな。丁寧に短刀まで下げている。私の非力さではまあ殺そうと思われれば殺されるはずだ。逆に言えばあの短刀は自衛用の意味がない。なぜなら彼女は素手でも私を十分殺せるはずなので。

 

「ところで、なぜ硝石を?」

 

「鉱物の分析に必要なのですよ」

 

「……本当に、それだけですか?」

 

「……それ以外の使い道がありますか?」

 

そりゃまああるに決まっている。肥料、薬、食品添加物。もちろんそれだけではないが。

 

「いえ、ならよかった」

 

「硫黄を手に入れたのも鉱物の分析に必要な薬品を作るためですし」

 

「わかっていますよね、キイ先生」

 

「……硝石七割、硫黄を二割、木炭を一割といったところですかね」

 

私はとあるもののレシピを口にする。

 

「その割合は、私ですら知らされていないのですが?」

 

ああ、はい。私は「鋼売り」の面倒な秘密を知っていると認識された、と。迂闊すぎたとは言えないか。火薬の知識はこの世界になさそうだったわけだし。いや、隠していたのか。

 

「割合を知っていても作るのは大変ですよ。単に混ぜればいいというものではありませんし」

 

「そういう問題ではないのです。……『鋼売り』としては、あなたを敵とみなす必要が出ました」

 

私は息を吐き、科学技術史の知識を引っ張り出す。黒色火薬の発明から軍事利用まではそれなりに時間がかかっている。そこから大砲の発明まではそこまで長くなかった。この世界の技術はどうなっていて、どういう方向に発展している?

 

「そう怖いことを言わないでください。私にはあなた達を敵とみなす理由がありません」

 

落ち着け。こちらが多くのことを知っているが肝心のところが抜けていると思わせられれば一番だ。現状を確認。黒色火薬の製法を知っていて、それを秘密にして、その製法を知っている人間を敵視している以上ある程度軍事利用されていると考えていい。しかしかなり広い地域に傭兵を派遣している「鋼売り」が火薬兵器を使っているという話も知らない。金属加工の水準からしてコンスタンティノポリスを陥落させるほどの威力を持つ大砲は作れないはず。まあ木砲とかもあるが。おそらくは火砲方面にはあまり使われていない。では他に黒色火薬を使ういい場面なんてあるか?

 

「理由を聞かせてもらっても?」

 

まあ私が黒色火薬を使わない理由ならぱっと出すことができる。それ以上のものを既に手に入れているから。ニトロセルロース。今では写真フィルムとしてある程度の量が図書庫の城邦で生産されている代物だ。とはいえこれは気が付かれないように。わざわざ手札を明かす必要もない。

 

「ええ。まず私はその作り方を知っていますが、実際に作るとなればかなりの時間と手間がかかるでしょう。この工房街から出ずにそんな大掛かりなことをするのは困難です」

 

「しかしその方法を既に誰かに伝えていたら?例えばあなたの信頼する薬学師に、であるとか」

 

トゥー嬢のことは調べてあるのか。やはり図書庫の城邦に長期にわたって情報収集をする諜報員を置いているな。まあそれはいい。

 

「それに必要な資源が特殊です。硝石は水に溶けやすいので乾燥地帯でしか取ることができないですし、硫黄があるのはこの付近だけでは?」

 

実は嘘だ。水に溶けるなら水に溶かしてしまってから硝石を回収するという方法がある。硝酸塩はアンモニアや尿素の発酵で得ることもできるから、そちらから手に入れれば硫黄だけでいい。厳密には木炭に使う木もある程度選んだほうがいいのだろうが。そして硫黄も硫化物から回収できる。硫化鉄とかはこの北方以外でも採掘できることは確認済みだ。

 

「あなたなら硝石ぐらい、手間がかかるだけで作れるのでは?」

 

「もしそうなら注文しませんよ」

 

もちろん作れるが。なお電気や燃料を喰うので今のところは事実上不可能。ちなみに先程の彼女の質問には答えていない。手間がかかることは買わねばならないことと必ずしも一致しないので。

 

「最後に、私にはそこまでして狙いたい城邦はありません」

 

ここでちょっと揺さぶりをかけてみよう。もし火砲として火薬を使わないのであれば、残る可能性の一つは坑道戦における爆薬としての利用だ。地下を掘り、城壁の下で火薬を爆発させることで壁を崩す。もちろん使い所は限られるだろうが、傭兵たちの切り札として、あるいは狙われる国家の持つ反撃手段としては悪くないはずだ。

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