「……正直なところ、あなたの考えが読めません」
私の向かいでいつもならケトが寝ている寝台に腰掛けて「鋼売り」の女性は言う。
「いえ、そういう爆発を引き起こすようなものであれば代替手段はありますし、私にとって硝石も硫黄も今のところは実験用薬品としての価値以上のものはないですよ」
「それを信用しろと?」
「もし敵意があるなら、最初からそれを作ってあなた達に使っています。『鋼売り』にわざわざ教えなかったのはこういった知識の発展性があまりないからですね」
そう言って私は自分の表情が普段どおりかどうかを少し心配する。なにせ火薬の利用は爆薬以上に火砲のほうが有名だからだ。今ここにある設備でも半月ほどあれば最低限の銃、もとい弾丸が狙った方向に飛び出す事実上のパイプ爆弾は作れる。撃ちたくはない。ワセリンの代わりになる何らかの油脂と木タールの蒸留で得られるアセトンがあればコルダイトも作れる。頭の中にはFGC-9の設計図が入っているので時間があれば電解ライフリング銃身を備えたそれなりの銃はできるだろう。たぶんボトルネックは規格化された弾丸の大量生産だな。
「……いいでしょう。しかし、証拠が欲しいですね」
「それではこういうのはどうでしょう。私が知っている爆発を起こす薬品……というか製品の製造方法を教えるというのは。しかしこれは不安定で、取り扱いに慣れるのはかなり難しいかと。鉱山などで大規模に利用されるのならともかく、秘密の破壊などにはまだ使いにくいでしょう」
「……それと引き換えであれば、『鋼売り』はあなたを敵ではないと認められそうです」
結局はゼリグナイトの製法をタダで渡すことになったわけだ。いや相当資金の面で融通してもらったからこのくらいは教えるべきかもしれないが。
「必要な材料は硝石、紙、油か脂、あとはある種の苛性物質、それに木の粉」
まあ、鉱業分野で使えるのだ。私は雑ではあるがレシピを紙に書いていく。加水分解で得たグリセリンとセルロースのニトロ化。これと木材をうまい具合に混ぜると半透明の塊ができる。安く、完成すればそれなりに安全で、材料もそう特別ではない。テロリストも使うやつだ。問題は雷管だがこれは黒色火薬とかを使えばいいだろう。
「硫黄は要らないのですか」
「ええ。……逆に言えば、これは硫黄の流通を握るあなた達でなくても作ることができるのですが」
「構いません。証拠としては十分です」
「一応ちゃんと作れるかどうか確認してもらってもいいのですが……、下手をすれば製造の過程で死人が百ぐらいは出る代物ですので注意してくださいね」
「急戦派に作らせてみますか」
おいなんかさらっと怖いことが聞こえた気がするぞ。派閥争いがあるのは噂には聞いていたがこういう解決策を取ることを考えるぐらいなのか。
「しかし、これを実戦で使うことは考えものですよ」
「ええ、剣と鎧の戦いからまるで違ったものになるでしょう」
そのくらいは読めるのか。戦争の変化についていくのは大抵かなり高い血の授業料を払う必要があるというのに。
「個人的に戦争は嫌いなので、できれば抑止のために使って欲しいものです」
「こちら……少なくとも、『鋼売り』の主流派もそうですよ。戦場では商売もままなりませんし、剣で支払おうとする不届き者も多い」
ああ、強盗めいた行為があるのだろうな。
「とはいえ、あなた達も剣で釣りを払うのでしょう?」
「ある程度はそうですけれどもね」
彼女はため息を吐く。
「キイ先生の知識を活かし切るにはあと十年はかかるでしょう。それまでは余計なことに資金と人員を投じたくないのです」
逆に言えば十年で相当なレベルにまで発展させるつもりのようだ。怖い。まあできるのだろうなという予感はある。ここらへんはかなり条件が整っているので、私の行動がきっかけとなって一気に発展する可能性はあるのだ。まあ文字の問題は残るがそこらへんは必要とあれば「鋼売り」の人たちがどうにかしてくれるだろう。
「応援ぐらいしかできることはありませんが、幸運を願っています」
「……帰られるのですね」
「そろそろあの城邦も恋しくなる頃なので」
「もう港の氷も溶けるでしょう。『鋼売り』として、あなた達の無事な帰路を保証させていただきます。それだけの仕事はしていただきました」
私とケトを軟禁することぐらいは想定していたのだが、この様子だと大丈夫そうだ。
「いいのですか?」
「ええ。きっとこれからはキイ先生があちらに戻って行う仕事で必要となるものを色々と売っていくことも重要な仕事になりそうですからね」
「まあ、そう遠くないうちに情報のやり取りは一瞬になりますよ。そうなったら色々と注文させてもらいます」
測定と分析に必要な素材に用いる各種鉱物資源や合金は今後私が色々やればやるほど重要度が上がっていくだろう。ちゃんとそこで利益を得ようとしているのはしっかりしている。まあ、期待されているならそれなりの働きをしてみせましょう。