図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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旧交

船から降りてまず向かったのは古巣の印刷物管理局。ひとまず荷物を置かせてもらおうと思ったのだがなんか思ったより人が増えている。見知らぬ顔もちらほらとある。

 

「お久しぶりです、キイ嬢」

 

局長補佐が応接室というかちょっと区切られたスペースに私とケトを案内してくれる。

 

「局長は?」

 

「外回りですよ。ここしばらくで一気に出版を行うところが増えたので」

 

「そうか……」

 

「もう帰ってくる頃だと思いますけどね。それと、ケト君も大きくなりましたね」

 

「そうですか?」

 

不思議そうに言うケト。身長的にはそう変わってないはずだが。確かに私から見ても少し雰囲気が変わった気がしなくもないが一年も間を空けているとわかるものもあるのだろう。

 

「ところで、私はこの後どうしたらいいと思う?」

 

「印刷物管理局は人員不足とまでは言いませんが、キイ嬢とケト君であれば雇うことはできるはずです」

 

よかった、帰ってそうそう無職になることはなかった。

 

「……局長、元気にしている?」

 

「ええ。とても」

 

「任命、正しかったと思う?」

 

「おそらくは。いくつか失敗もありましたが、周りがどうにかできる範囲でしたし」

 

「それはよかった」

 

私は笑う。局長補佐も笑う。

 

「そういえば、最近はキイ嬢が帰ってきたら局長を辞めるとは言わなくなりましたね」

 

「……今の業務量を見ると、確かに引き継ぎは面倒だとは思いますが」

 

有線電話のような通信機が置かれているところを見ると、色々と他とやり取りをする必要もあるのだろう。複数の蝋紙版印刷機が使われてインクの匂いが漂っていることからも業務量を推察することができる。

 

「それもありますが、自分の仕事に誇りを持てるようになったというのもあるでしょうね」

 

「……本当に、よかった」

 

私がそう呟くと、ぬっと印刷物管理局の局長が入ってきた。

 

「おかえりなさい、局長」

 

局長補佐の言葉に局長は深く頷く。

 

「久しぶりですね。ケト君も変わったようで」

 

二人ともそういうあたり、やはり違うのだろう。ケトはきょとんとしているが。というか局長も変わっている。なかなか上質で薄い生地の短外套を着ているところを見ると今さっき帰ってきたところだろう。顔つきも精悍になって。きっと色々と面倒事をやっているに違いない。

 

「局長職を無事できているようで何より」

 

「どうも。大変な仕事だが……二人のこれからの予定は?」

 

「眠る場所を手に入れてから、ひとまずしばらくは城邦の変化を見て回るつもりですよ」

 

「そうか。その後の仕事の予定はなにか入れているかい?」

 

「局長に戻る必要はなさそうですしね。ここで働いてもいいし、司女としての本分を果たしてもいいし」

 

「『総合技術報告』についてはもう読んだか?」

 

「いいえ。ケト君、知ってる?」

 

「見ていませんね。送られてきた報知紙には一通り目を通したはずですが」

 

「なるほど、間に合わなかったか」

 

そう言って局長は席を立ち、少しして一冊の小冊子を持って帰ってきた。巻物ではなく蝋紙版印刷の紙を束ねたものだ。

 

「これが第一号だ」

 

「ほう」

 

ぱらぱらとめくっていく。インクの配合についての調査。手動電話交換システムの概要。緯度及び経度の測定に関する考察。

 

「私がいなくとも、面白いものはできているようで」

 

「さて、仕事の話をしよう。これの発行は印刷物管理局も出資している独立の機関で行っている」

 

「……ん?」

 

ちょっと嫌な予感がするな。

 

「そこの編集長にあなたを推薦したいのだが」

 

なるほど、必要な人材を必要な場所に、だ。

 

「もし私がやらなければ?」

 

「代替人員は当然いる。しかし内輪で集めた論考をまとめるだけで手一杯だ。印刷などのほうには特に支障は無いが、論考を募集するとなると問題が発生するだろう。今のところ次の号が出るのは半年後の予定らしいが、その前に機関が崩壊する可能性もある」

 

「はいはい」

 

つまりはあれだ、学術誌を作れということか。まあ確かに必要だし、前からちょくちょく言ってはいたが。たぶん査読もすることになるのだろうな。おお忌まわしきReviewer 2。私がその立場に立つ日が来るとは。

 

「その機関、もうできているところに私が入ってきて問題は?」

 

「何人かはキイ嬢も知っている人だから、問題はないかと。むしろ帰ってきたら顔を出させてくれと言われているほどで……」

 

そう言って局長補佐は何人かの名前を言う。確かに有能な人物たちだ。逆に言うとそれだからこそ私を狙う争いの中でイニシアチブをどうにか取ることができたのだろう。この印刷物管理局自体もそういう政治的色々でできた組織だからな。

 

「定期的に集会を開いているはずだ。次は四半月後だったか?それまではゆっくり休むといい」

 

「断らない前提で話を進めていない?」

 

「断るのか?」

 

「まさか」

 

面白い。自分で論文を書いてもいいが、論文の内容を裏から弄くることができる場所に座れるのはそれはそれで楽しい。えっ編集長の横暴だって?知るか。科学史が示すようにそういう権力も良い研究を出すためには必要なんだよ。まあそう遠くないうちに私が腐敗するのでケトに蹴飛ばしてもらうシステムも用意しておかないといけないが。

 

「ああ、あとトゥーヴェ先生のところに顔を出してあげるといい。かなり心配なさっていたから」

 

「……まあ、帰るのが遅くなったしね」

 

あの人には今後色々と分析やら合成やらでとてもお世話になる予定があるのだ。薬学系の論考の査読を頼むこともあるだろう。少なくとも新しい基質論の先駆者なのだ。なんなら編集所に招いてもいいしね。

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