扉を開いたトゥー嬢は、何回か目を
「……連絡の一つぐらい、してもよかったじゃないか」
「……してない?」
私が恐る恐る言う。
「あー……確かに印刷物管理局とか外交局には手紙を回していましたけど、トゥー嬢に直接は……」
首に回されたトゥー嬢の腕に力が込められたようで、ケトがむぎゅうと絞められたような声を上げる。かわいそうに。
「夕食は、どうするつもりだ?」
「まだ何も決めていない」
私は何とか答える。そろそろ危ない気がするのでトゥー嬢の背中を叩くようにすると、我に返ったのか身体を離してくれた。
「……食べに行くか?」
「いいですね!」
ケトが言う。ああそうか、ここらへんの味も久しぶりだよな。
「ところで、私がいない間になにかありました?」
「そうだな、『時勢』に記事を書いたり、講官にならないかと誘われたり、商会のほうから顧問になってくれだなんて言われたり、『総合技術報告』への寄稿を求められたり」
「トゥー嬢が記事を書いただけでも驚きなのですが、後半三つはやるんですか?」
「講官にはならない。顧問は考えているところだ。それと『総合技術報告』のあれは学ではなく術についての印刷物だろう?薬学師の私が手を出していいのか?というより『総合技術報告』については聞いているか?」
「昼に管理局に寄った時に聞いたよ。そう遠くないうちに私はそこの編集長になる」
「……確かに、適任ではあるな」
わぁい。トゥー嬢がそう言ってくれるならまあ大丈夫だろう。
「ちょっと待っていてくれ。財布*1を持ってくる」
「それじゃあ、しばらく待たせてもらいます」
私がそう言うと、トゥー嬢は奥へ行ってしまった。
「悪いこと、しましたね」
「そうだね」
なんだかんだで私たちは人間関係が希薄なトゥー嬢にとってのお気に入りなのである。この世界では確かに旅での死亡率とかも無視できないので心配するのは仕方がない。まあ少し心配しすぎてはないかとも思うが、それを口に出すほど私も馬鹿ではない。
「新基質の命名に関する協議自体は図書庫の案件だろうが、まともに議論できるとは思えないな?」
「そこまで言う?」
肉の旨味がしっかりするスープを飲んで返す私。
「ああ、確かに用語の統一は重要だろうが、それを意識している人がどれだけいることやら」
「それならもうこっちでやったほうがいいな」
「間違いないだろう」
「……何か、面倒事を引き起こす話をしている気がしますが」
揚げた魚を齧ってケトが呟く。
「そりゃそうだよ。新しいことをやる時には障害がつきもので……」
「酔っている時にする喧嘩というものは大抵ろくでもないものですよ。たとえそれが喧嘩の計画でも似たようなものです」
私の言葉にケトが呆れたように言う。あ、そういえばそれなりに呑んでいるんだった。危ない。ブレーキをかけよう。
「じゃあこの話はなし!もっと他の話をしようか」
「例えばどんな?」
私の言葉に、トゥー嬢は紙の束を出す。
「今までに来た『基質の分離と分析』の感想だ」
「おお、人気ですね」
私は軽く目を通していく。実験をやってみたが成功した。記載のない基質らしきものを見つけたのでその報告。
「……これ、送り主はわかる?」
「ああ、どうするんだ?」
「今度出る『総合技術報告』への寄稿をお願いする」
「なるほど。まあ問題はないだろう。私からの紹介という形にしたほうがあまり問題も起こらないだろうから好きに名前を使ってくれ」
「言ったな?色々な功績を押しつけてやる」
「そいつはちょっと困るな。今までの手紙への返事を書いたり薬学師仲間に色々教えたりで忙しいんだ」
「そうか。それは残念だな。ちょうど北の方で鉱物を分析した時の資料があるんだが……」
私はトゥー嬢の赤い顔の前でひらひらとケトの書いた小冊子を揺らす。前のクロム鉱の分析について使った道具とか反応とかを色々まとめたものだ。
「よこせー」
「いいよー」
トゥー嬢が読んでいる間に私はご飯を食べる。トゥー嬢がたまに行くというこの食堂は結構量があっていい。油とか香草とかをふんだんに使っているのだろう。値は張るが、まあそれぐらい払う余裕はある。たぶん後でトゥー嬢が払おうとするからちょっと言い争いになるだろうな。あまり呑んでいないケトにそこらへんは仲裁を頼もう。
「なるほどなるほど。確かにこういうのは見たことがないな」
真剣な目で実験結果を読みながらトゥー嬢は言う。
「だろう?金属性の新基質だと思われる。精錬まではしていないが、鉱物自体は持ってきたぞ」
まあこの後色々やってもらうのはトゥー嬢に投げよう。私の方はひとまず『総合技術報告』のための組織とか体制作りとかの方を頑張るとするか。今のところは有志の集まりに近いらしいが、こういうのにはちゃんと常勤の事務とかがいた方がいい。
「……ところで、いいか?」
トゥー嬢が声を潜めて私に聞く。
「どうぞ」
「二人とも何かが変わった気がするが、何かあったのか?」
私とケトと顔を見合わせて、二人でほぼ同時に否定のジェスチャーをした。