図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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会合

作った旋盤などを商会の実験工房に引き渡し、航海の間の消毒水に関するちょっとした報告を書き、各所に帰ってきたと挨拶をしていたら「総合技術報告」の会合の日が来てしまった。そういうわけでやって来ましたは学舎が立ち並ぶ一角。

 

「おお、もしかしてキイ先生じゃあありませんか?」

 

紙に書かれたメモを参考に建物の一つに入ろうとすると、後ろから声をかけられた。

 

「そうだけど……どちら様?」

 

「ああ、紹介をいたしておりませんでした」

 

そう言って彼は自分が幾何学の講師をしていると説明してくれる。

 

「なるほど。ところでなぜ私がキイだと?」

 

「知人から噂を聞いていて。秘書として青年を連れている、背の高い女性だと」

 

誰だその知人。まあ候補が多いので放っておこう。

 

「んー、まあいいか。彼には秘書というにはもう少し色々任せているけど」

 

「北方に行かれたと聞いていたのですが、帰ってきていらしたのですね」

 

「四半月ほど前に、ね」

 

「そうでしたか。おそらく既に何人かは着いているかと」

 

私の先を進む彼が扉を開けてくれる。部屋の中には何人かが既にいた。見知った顔が二つほど。一人は商会の実験工房で電波関連の研究をやっていた人物だ。もう一人は衙堂で印刷機を扱っていた人。確か「総合技術報告」で墨の配合を書いていたのも彼だったはず。

 

「ああ、キイ嬢!お久しぶりです」

 

「お変わりないようで」

 

まあそんな感じに挨拶が続き、追加で人が来て、改めてそれぞれ自己紹介をして、その後議論というか雑談が始まる。

 

「そもそも学についてのものではない以上、人々の利益に直結するような下賤な内容も扱えるのがこの報告の強みなのだが」

 

今の編集長というほどでもないが取りまとめ役の人が半ば自嘲を込めて笑いながら言う。彼は若いながらも医学師であり講官を務めるほどで、政治的面倒事も色々と担っていたようだ。なお政治派閥としては頭領派。私と同じくなんか面白そうだからと酷い目に遭わせられる役目らしい。かわいそうに。

 

「扱える範囲はもっと広げてもいいでしょうね。料理の方法、建築や市街計画の領域にも手を出していいかもしれない」

 

私は持ち寄られた原稿を見ながら言う。

 

「読む人がいるか?」

 

「まだいないでしょうが、積み重ねれば体系化されていくでしょう。土台なしに良い技は生まれません」

 

ツッコミへの返答。んー、幾何学はかなりわかりにくいな。一応追うことはできているが。

 

「あるいは多くの人にわかりやすく説明するのも必要でしょう。そう考えると『時勢』や『視線』*1のように東方通商語版も用意するべきかもしれませんが」

 

「翻訳できるのか?」

 

「もとの聖典語の文章を翻訳しやすいように制限をかけるとか……ですかね。文法的に複雑な構造を使うのはできるだけ避け、意味のみを抽出できるようにするべきかと」

 

「その発想はなかったな。やはりキイ嬢に任せるのがいいかもしれない」

 

「そうかもしれませんね」

 

なんとなく流れで言ってしまってから発言者である医学師の方を見る。

 

「……いえ、こういうものは始めるのが一番難しいのですよ。それを始めた人の知識というものを尊重するべきで」

 

ちょっと取り繕ってみる。別に記事をまとめるのはいいのだけれども、政治的な折衝はやりたくない!まあ必要であればやりますけど。

 

「そうだな。しかしこちらはキイ嬢のように幅広い知識というものに欠けていてね」

 

「私だって言語や幾何は専門外ですよ。医学についてもたぶんあなたには敵わない」

 

「……これを書いて、それを言うかね?」

 

医学師は私のさくっとでっち上げたさらし粉による飲料水消毒についての論考を叩く。

 

「かなり論理に飛躍があるはずです。正確な肯定のためにはまだ……」

 

「毒性のない濃度がわかるだけでも十分だ。この腐敗阻止作用は他のものにも応用できるのか?」

 

「食料の保存であれば加熱のほうがいいでしょう。この塩気基質と石灰基質の反応物はかなり独特の味がするので」

 

「……泥の中でつけられた傷は微小生物が傷が入り込むことで病状が悪化するということを聞いたことは?」

 

「ありますが、それは今回扱われるような腐敗と類似するものでしょうか?」

 

壊疽ならともかく、それは寄生虫とかの可能性のほうが高い。そもそも微小生物が原因だと言う時点で信用がない。顕微鏡がまだそんなに広まっていないし性能も良くないので証拠のない議論だという可能性が高いからだ。

 

「解らないが、試して見る必要がないか?」

 

「試してみるといいと思います。必要であれば援助はしますが」

 

「……まあ、こちらの専門の医学であってもこれほどまでついていける人だ。編集長に据えるに素質は十分だとは思うが」

 

「異議なし」

 

「そうでしょうね」

 

「まあキイ先生ならいいでしょう」

 

「……乗せましたね?」

 

まあ私もわかっていた挑発に乗ったのはあるが。

 

「こちらも能力を試してみたかったのがあるからね」

 

笑う医学師。まあ、自分の果たしていた役割を継ぐのであれば確認は必要だろう。渡した論考で私の能力はある程度把握したのもあるだろう。

 

「……編集長になった以上、私の可能な範囲で好き放題やらせていただきますが、宜しいので?」

 

「まあもし嫌ならこの会合から去ればいいだけだからな。別に誰にも投稿を義務としているわけではない」

 

「なら、構いません」

 

私も今後の面倒事に少しわくわくしながら笑った。

*1
ともに図書庫の城邦で発行されている東方通商語の新聞。

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