図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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郵便

「あれ、新しい編集員はどうしたんですか?」

 

編集所に帰ってきたケトが部屋の中を見回して言う。

 

「印刷物管理局で技術研修中。ひとまず各種の印刷機の使用方法は慣れてもらわないと」

 

そう言いながら私は彼女の書いたメモを見る。

 

「わかりました。ところでそれは」

 

「電気式の配線切替装置の原案」

 

リレーに近いものだが、パルス信号で配線を順繰りに繋ぎ変えるようになっている。もちろんこのアイデアを形にするのにはもう少し時間がかかるだろうが、今後の情報化のためには不可欠なものだ。分類的には自動交換機だろう。

 

「ああ、そう言えば何か書いていましたね。どうですか?」

 

「……多分彼女は、かなり重要な事実についてそれとなく知っている」

 

「どういうことです?」

 

「電気で送られる以上、声と通電の差はあまりないんだよ」

 

「どちらも電気の流れとして捉えられる、ということですか?」

 

「情報という言葉を使うなら、どちらも同じ情報として扱えるんだ」

 

同じ線で音声と切り替え用の信号を送るというのは別に変わった発想ではないが、これをちゃんと突き詰めていけば情報学の基礎理論までは持っていけるだろう。オーガスタ・エイダ・キングみたいな役回りか?まあこっち系は彼女に任せてみよう。ひとまず先端知識を詰め込める職場に彼女がいれてよかった。

 

「……それが、特別なのですか?」

 

「んー、同じ枠組みで扱えるから便利なんだよ」

 

ノイズの理論であるとかをちゃんとやるには確率論のモデルが不足しているだろうが、経験的なものを先行させるのはまあありか。必要であれば私の知識も注ぎ込もう。ここらへんは基盤になるので固めておいて損はない。

 

「私もちゃんとは覚えていないから」

 

「わかりました。それと、色々と着いていますよ」

 

ケトは私の前に手紙を置きながら言う。

 

「ひとまず確認できるものはしておくか」

 

そう呟いて封を切る。

 

「郵便についてですが、衙堂の間でも考えるべきだとの意見が強いそうです」

 

「少し意外だな。どうして?」

 

「……最近、色々と怪しい噂が多いので情報をできるだけ速く、密に手に入れたいのがあるのでしょう」

 

「噂って?」

 

「北方からの難民流入と、それに伴う治安の悪化です。今のところ公式の報告ではそういう事例は数件しか報告されていませんが、噂はかなり出回っているそうです」

 

「事実に基づかない行動はたいていろくな結果を引き起こさないからな……」

 

そう呟いて紙を開き、内容に目を通していく。あ、これは原稿だ。脇に置く。こっちは食事への招待か。これぐらいなら別に直接来て伝えてくれてもいいのだが、場所もわかりにくいからな。一応衙堂に送ればいいことになっているが、確かに誰何を通り抜けるのは面倒だ。日付は多分問題ないので行こう。

 

「とはいえ、衙堂が扱うようなものでかつ速度が必要であれば無線通信や電話敷設ができるのでは?」

 

「無線通信は頭領府からあまり公にするなと言われているそうで」

 

「……人の噂を止められるとは思えないけど、どうして?」

 

「不安定な技術に基づいていることと、あまり知られていないことを利用してこの隙に色々やろうとしているようで」

 

「まあ、それならわざわざ私たちがとやかく言うべき問題ではないか。困るのは向こうだし」

 

「もちろんそう言っておきました。一応困った時に話を聞かないでもない、と仄めかしはしましたが」

 

「そのくらいでいいと思うよ」

 

さすがケト。こういう判断で行動して、かつその後に共有してくれるのはありがたい。

 

「電話のほうは?城邦内では公開されてはいるはずだし、それなりに使われているように見えるけれども」

 

「通信線が盗まれる可能性と、減衰が難しいようです」

 

「そうするとそれなりに確実な手紙をしっかり届けられるようにしたい、と」

 

「そうなります。それと配達人の安全確保は農村の人たちにとっても悪い話ではありませんし」

 

「どうして?」

 

「安全な行き来ができれば、作物や品物が行き交うようになります。それだけ生活に彩りが出るかと」

 

「今のところはどうやってるの?」

 

「街道警備の巡警が手紙運びを兼ねることもありますが、本職ではない以上断られたり、銀を多めに求められることもあるようで」

 

「ああ、そこは業務外だから職務のようにきちんとやる必要もないと……」

 

巡警の遵法精神は案外しっかりしていて腐敗や賄賂もあまりないが、仕事外での態度は結構様々なようだ。

 

「もちろん少なくない人が善意でやってくれてはいますが。そういうの、キイさんはあまり好きではないでしょう?」

 

「まあね」

 

善意ではなく制度で、というのが一応私のモットーなので。もちろんやりがいとかあるに越したことはないし、感謝をしなくていいわけではないとはわかっているが。

 

「もし郵便が実現するとしたら、どういう形になりそう?」

 

「衙堂間の手紙のやり取りが基本になるでしょう。それであれば既存の人の動きに多少手を加える程度で実現できます」

 

「他の邦とか、海を超えたやり取りは?」

 

「今のところ、難しいでしょう。法で定める事もできない以上、商会などの手を借りる必要があります」

 

国家がないと条約も結べないのか。こうなると国家というのはかなり色々なものを担うのだなと嫌でも実感する。かつての世界をこういう形で捉え直すことになるとは。

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