「ひとまずまとまった分だけ発行するか」
まとめた原稿を確認しながら言う。これだけあれば一冊にしていいだろう。第一号の倍ほどの分量があるがまあそれはそれで。相手には平易聖典語での改案を出して、改稿の許可を取れた人のやつをまとめて、目次を作って、編集長の一言コメントを入れて……と案外やることは多いがまあなんとかなるやろ。面倒な作業をせずに集中できるので仕事がはかどる。こんな集中できるのはいつ以来だろう。学士の時は院試があって、修士では人間文化研究機構との面倒な書類のやり取りやら国際発表やらでメインの修論は忙しく、博士ではリサーチ・アシスタントと並行して色々と執筆だの翻訳だのやっていたので、こう考えると仕事が楽しい。
「それだと年に3回といったところですね。もう少し人員が欲しいです」
そう言うのは「総合技術報告」編集所における今のところただ一人の編集員。最近まで図書庫やら商会の実験工房やらに放り込まれていたのでかなり鍛えられたはずである。先端技術を見れてキラキラしていたしね。
「やはり難しい?」
「聖典語が必要な仕事は私に回せますが、それ以外はなんとかなるかと」
「……私にはその分離が上手くできそうになかったんだけど」
だから応募条件に聖典語の読み書き可能であることを求めたのであるが。そうか、分けられるのか。
「ならキイ嬢がその分野が下手なだけかと」
「間違いない」
実際彼女の能力はケトと並ぶほどだ。いや知識の広範さではケトよりも上かもな。
「いいんですか、こんな風に言わせて」
私の隣でスケジュールを調整していたケトが言う。なんか彼も相当大変な予定になっているようだ。この城邦はなんだかんだ言って大きいので、端から端まで私の足なら20刻*1。ケトが小走りならもう少し短いが、それでも結構なものだ。それで昼には各所と手続きをして、夜には色々なところに顔を出し、朝はちょっと長めに寝ていることもある。そういう無茶ができる年齢ではあるのだが、私がケトぐらいの頃には履修登録の時いかにして一限を回避するかを悩んでいたことを考えるとケトはとても偉い。
「いや君ならともかく、私の事務の腕については別にそこまででもないから……」
「……そうですね」
「よろしい」
まあ確かに慕っている人の能力を批判されるのはあまり気分のいいものではないよな。とはいえこういうのをちゃんと言わないと問題が起こる。そしてちゃんと理解してくれる。うーん、いい人。
「とはいえあなたもそこらへんの発言については気をつけるように」
彼女は少し奇妙そうに首を傾ける。ああ、なるほど。能力で証明してきてしまったタイプか。まあ確かにそれもある種の合理性ではあるし、本来は私もそっち側だが。
「複数人での共同作業において円滑なやり取りは重要であるため」
「ああ、つまり編集長の仕事を貶したのが問題だと?」
「まあそう」
「……わかりました。適切な言い換えを考えておきます」
「とてもよろしい」
「やったぁ」
これを素直に聞き入れられるということがどれだけ大切か。なまじ才能があるとこの手の言葉は響きにくい。謙虚すぎるのもあれだし、彼女の場合は適度にふてぶてしいぐらいがいいかもしれないが程度の問題だ。調整は無茶苦茶難しいしちょくちょく理不尽に相手の地雷を踏むので大変なのだ。
「んー……、この分野であればキイ嬢より私のほうが得意であるため、業務分担は私が行っても宜しいでしょうか」
「いいよ」
まあこういう感じで彼女を扱っていくわけである。真面目だし聞き分けが良い人だがちょっと癖があるな。後で煩務官にアドバイスを貰おう。
「ところで、新しく必要な人材について意見はある?」
「んー、とはいえこの仕事であれば元司女さんとかでもいい気はしますが」
「そういう知り合いがいるの?」
「ええ、結婚した先輩とか」
「そういえば司士も司女も表向きは純潔を守る必要があるんだったな……」
「表向きとか言わないでください」
ケトの不貞腐れるような声。
「……え?」
驚くような編集員。
「あれ、お兄さんから聞いていない?」
「あまり」
私の質問に彼女は首を振る。
「ふうん、ならいいや」
「どういう意味ですか」
「私とケト君の関係」
「キイ嬢もあまり変なことを吹き込まないでください」
あ、ケトの口調がちょっと危ないやつだ。
「はい……」
「……僕とキイさんは、ただ同じ場所に住んでいるだけですよ」
「文字通りの、同居*2ですか」
「そう」
ケトが頷く。
「なら、私と兄さんと同じですね」
「ふうん?」
これは私。
「そう言えばあまり妹については聞いてなかったな……」
「別にいいですよキイ嬢、ほら別に私と兄さんの関係なんて」
なんかあたふたしているのは可愛いな。年相応というかなんというか。改めて目の前のタスクを確認する。それなりに量があるが、まあなんとかなるだろう。