図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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凹面鏡

「寿命は?」

 

「最大に明るくして1日です」

 

この場所では珍しく、女性が硝子(ガラス)の容器を持って言う。硝子(ガラス)細工の上手さを買われてここに来た職人がこの図書庫の城邦でとった弟子だそうだ。元司女。というか知的訓練を受けた女性の供給源が衙堂しかないのでたいてい私が会う知的労働者としての女性は司女か元司女だ。トゥー嬢?あれは例外。わざわざ家庭教師をつけて、時には自分が教鞭を執って専門的な勉強をさせていたというから確かに彼女の親はかなりの変わり者だったのだろう。

 

「明るさは?」

 

容器の中を覗き込むと、中には炭素繊条(フィラメント)。白熱電球である。効率はあまりよろしくないが。解剖用の照明とか撮影用に使えないかなと頼んでおいたのだが、基本的には真空管で技術蓄積があるのでそう難しくなかったらしい。

 

「一番強い明るさにした時であれば、適切な反射鏡を用いれば手のひらほどの大きさを、太陽と同じ程度に照らすことができます」

 

実際に通電すると、確かにきちんと点灯する。

 

「……結構強い?」

 

「ええ。直視しないでくださいね。私はそのせいで数刻ほど目を潰しましたので」

 

「安全を心がけようね?」

 

「もちろんです」

 

微笑む彼女には狂気が見える。怖い。

 

「十分保つようであれば、家の照明にでも使いたいのですが」

 

「やはり時間はな……」

 

「毎日数十刻ずつ使うとしても、半月か一月が限度となればさすがに高すぎます。まだ油屋を敵に回せはしませんしね」

 

「その油屋も最近は色々取り揃えているって聞いたけど?」

 

「ええ。キイ先生の作った蒸留器でしたっけ。あれが精油を作るのになかなかいいようで」

 

水蒸気蒸留法を用いた芳香族化合物とかの抽出に相当するのだろうか。こういう部分はノウハウの蓄積があればその後の有機化学ルートに進むときに重要な経験になるのでできるだけ進んでいてほしい。

 

「やっぱり匂い付きがいいの?」

 

「そりゃあもう!……そうだ。良い香を紹介しましょうか?夫と毎晩使っているのですが」

 

「私は司女なんだけど」

 

「あ、夜眠れなくなるほうではなく眠れるほうです」

 

真顔で言われてしまった。邪念を持っていたのは私の方だったか。

 

「……しかし、照らせる範囲を調整するのが難しいですか」

 

「簡単に鏡を作れるのはいいのですけれども、うまい曲がり具合を用意するのが大変で」

 

凹面鏡を使って繊条(フィラメント)から出た光を平行に近い状態に持っていくというわけだ。まあ実際は放物面である必要があるが回転させて硝子(ガラス)球を作っている都合上そこまで精密なのはできないし問題はむしろ半通径を調整する方だと言う。大変だ。

 

「そこらへんはまあ、幾何学をやっている人が色々と教えてくれましてね」

 

「そうなのですか」

 

「物を放った軌跡と似たような曲線でいいようで」

 

「……誰が言ってるの?」

 

「キイ先生の教え子だと聞きましたけど」

 

何か色々とすっ飛ばされている気がするので、私は相手の名前を確認して足早に実験工房を出て商会の建物に向かった。

 


 

「お久しぶりです、キイ先生」

 

私がかつて算学を教えた学徒は、あの時から背も伸びて今は商会で会計の仕事の手伝いをしていた。

 

「ちょっと気になることがあったので説明をしてもらおうか」

 

「……何か、やってしまいました?」

 

「特定の点から出た光が並行となるよう反射する曲面についての話なんだが」

 

「ああ、商会の方から頼まれて話に乗ったやつですね。面白かったので半月ほど取り組んでいたんです」

 

「……論理展開を簡潔でいい。聞かせてほしい」

 

「ええと、どうでしたっけ。まあ描いてしまえばいいですか」

 

彼は紙を取り出し、手早く線を引く。

 

「まず、二軸を直行させてある数とその数を二乗した数を対応させるような曲線を考えます」

 

「うん」

 

$y = x^2$ という単純な二次方程式のグラフだ。

 

「ここでの傾きは該当数の二倍に等しいので、ここで幾何的考察をすれば……」

 

式変形と幾何的分析を重ねていくが、私はそこで彼の手を止めさせる。

 

「鏡が入ってきた光を反射させる方向についてって知られていたっけ?」

 

「……ええと、違うんですか?」

 

「違わないけど」

 

「……言われてみると、なんか怖い気がしてきましたね。いやでも法線で対称になります……よね?そうでないと、池に映る景色は綺麗に逆とはなりませんし」

 

「わかった。続けて?」

 

反射の法則については、まあ経験則でいい。そうおかしな事ではない。エウクレイデスの頃には知られていたはずだし、それをもとに数学的というか幾何学的アプローチで色々行われていたはずだ。

 

「これは事後的になりますが、法線は軸に水平に入ってきた光線を全て一点に集めます。それがここ、高さが四分の一となる点です」

 

「そうだね。ところで、これは何かに載っていたの?」

 

「一点に集まると言う話はありましたが、それは球の一部を切り取ったものに対してでした。なので誤りでしたし、多分誰もやっていないかもしれませんね……」

 

「可及的速やかに纏めて『総合技術報告』に提出できる?」

 

「ええと、仕事が」

 

「必要なら私が説得する」

 

「……いいですよ。上司はそういうことを許してくれる人でしょうから。ええと、問題はこれで解けましたか?」

 

「いいや、もっと大きな問題があって」

 

そう言って私は息を吐く。

 

「物体を投げたときに通る軌跡が、この曲線になるとどう導いた?」

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