「ええと、これは人体が高い熱を持っているか、あるいは冷めているのかをこの赤い液体の位置で知ることができます。今までの手で計るようなやり方ではどうしても曖昧でしたし」
体温計、サントーリオ・サントーリオ、17世紀初頭。あれは空気膨張式で、こっちはアルコール式だが。目盛りは正直適当だが、まあ体温付近を計測できているから校正は後でいいだろう。普通にセルシウス温度でいいかな。ダニエル・ガブリエル・ファーレンハイトさんはお帰りください。
「あとこれは体内の音を聞くことができます。呼吸とか、心臓の音とか、お腹のもそうですね」
聴診器、ルネ=テオフィル=ヤサント・ラエンネック、19世紀初頭。本当は加硫
「で、これは腕に巻いてふいごで圧をかけることができてそこで血管内から聞こえる音から血がどれほど力強く流れているかを知ることができるのですが……何て呼ぶのがいいですかね?」
血圧、スティーヴン・ヘールズ、18世紀初頭。いや血圧計だとすればサミュエル・ジークフリート・カール・フォン・バッシュとかシピオーネ・リバ=ロッチとかの名前を挙げたほうがいいか?これは水銀式で、カフには継ぎはぎして膠で気密した膀胱を、ゴム球があるべき場所には金属製空気ポンプを使用。使える素材が少ないのが悪い。ちょっときつい姿勢にはなるがコロトコフ音も一応聴き取れるので血圧は出せるだろう。オシロメトリック法みたいなのは流石に無理。まあこれについては別に使わないならそれはそれで。圧力計とポペットバルブを組み合わせた簡易なものだ。精度がちょっと甘いので放っておきすぎるとゆるゆると空気が抜けていくが、まあ誤差の範囲ということで。
「……キイ嬢」
私が広げる医療機器類を見て、医学師の男は呆れたような顔をする。
「なんです?」
「これらは全て、生きた人のためのものだろう?」
あ、そうか。解剖用の装備を揃えることを想定していたからこういうものは意外だったか。
「いずれ死にゆく人のためのものでもありますが、ね」
「……まあいいが。それで、これは簡単に使えるのか?」
「慣れさえすれば。少なくとも今までよりは色々と楽になると思いますよ」
知識しかない私でも一日試せばどうにかなったのだ。まあ被験者のケトには申し訳なく思う。
「よし。……ただ、これは量産しにくいのでは?」
「まだそうですね。この体内の音を聞くちょっとした細工であればそう難しくないのですが」
聴診器は別に丸めて筒状にした紙であっても代用できるのだ。というか最初はそうしていたし。
「医学書にあるような発熱期、高熱期、冷熱期*1みたいな状態で薬を分けるものもこれがあれば楽になるでしょうし、同じ息苦しさを訴える患者でも音から違いが何かわかるかもしれません」
「で、この血の流れの強さについての測定は?使える値が取れるのか?」
あ、血液循環説にツッコミはなかった。まあいいか。血の流れ自体はかなり自明のものとして扱われていそうだしね。
「それについてはまだなんとも」
「……そうか。ところで、これをなぜ見せた?」
「ケト君から色々聞きましてね。噂によれば少し文献派と争っているそうで」
「……ああ、そう呼ばれる人たちとあまり仲が良くないのは事実だが」
「まあちょっとした贈り物ですよ。私は薬の知識や実際の手術の知識はないのでね」
「これを作れる時点で医学の知識が無いはずはないのだが?」
あ、少し相手の口調が危ないな。ちょっと引こう。
「……私だって人の命を救えるなら救いたいのですよ。とはいえ私自体はその方面の経験がないから、知っている事を形にすることが精一杯です」
これは偽らざる本心。
「何でそんな事を知っているかは……聞かない方がいいだろうな」
医学師も少し落ち着いたようだ。いやあ空気が危なかったぞ。
「ええ。そうして頂けると助かります。……ところでこれを元に技術派が決して資料と対立するものではない、と言えませんかね」
「難しいだろうし、それでこちらに移る人は別に敵ではないしな……」
「というより、何が問題なのです?ちょっと強めで眠りから覚めなくなるような薬とかなら作れますが」
「冗談に聞こえないからやめてくれ……。というより、師匠と仲が悪かった人の弟子の派閥だな。まあ疑り深いだけであって奴らも医学師の端くれではあるからな、有用なものは政敵のものだろうが見境なく使うさ」
なんかそこらへんのプライドはこの世界に見られないんだよな、なぜか。人間は愚かなので必要に応じては権力の力を使うとか不幸な事故とかを引き起こすことも考えてはいるのだが。
「ただまあ、有用だろう。貰っていいか?」
「いいですけど、条件が二つほど」
「何だ」
「一つ、使った感想とかをお願いします。今後の改良に必要なので」
「……もう一つは?」
「あまり私の名前を出さないでください。これ以上の面倒を引き受けたくはないので」
「……後者については保証できんぞ」
まあ、うん。正直医療系はノウハウの成分が多いからデータで叩くしかないのだが案外すんなり受け入れられそうだよな。何が私のいた世界と違うのだろう。少なくとも、今のところは手を汚す覚悟をしなくてよさそうだ。