図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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控室

「……ねえ」

 

私は隣を歩くケトに声をかける。

 

「なんでしょうか」

 

「結局、今日私は何を話せばいいの?」

 

「基本的に聞かれた技術的問題以外について言及する必要はありません。できれば黙っていていください」

 

「がんばる」

 

「……とはいえ、ほとんど根回しは終わっていますから」

 

それなりの格好というものがある。深緑に染めた外套はトゥー嬢からのお下がりで、前で止めるシンプルなブローチは旋盤と電気鍍金(メッキ)で作られたもの。この世界ではあまり過度な装飾というものはないが、まあ相手にあわせて服を変えるというのはある。まあつまりはいつもの作業着で行こうとしたら多方面からやめろと言われたのである。

 

一方で従者ならそう考えなくていいので楽だ。ケトも汚れやほつれがないとはいえ結構普通にあるようなレベルの服を着ている。

 

「つまり、私に余計なことを話して欲しくない、と」

 

「率直に言えば、その通りです」

 

「まあ私だって今までの準備を壊すようなことはしたくないからね」

 

「はい。多分キイさんが発言したくなるようなことは多いと思いますが、それは文書に纏めてくれればこちらで対応します」

 

「なんか私の信頼が低すぎない?」

 

「……多くの人から言われているんですよ。あの人を制御できるのは君だけだ、頼む、と」

 

「人を見る目のある人が多いな。この城邦は安泰だ」

 

そんな話をしていると、頭領府の建物に到着する。この図書庫の城邦における政策決定機関で、まあひどくざっくり言ってしまえば国会と内閣をあわせたようなものだ。かつては古帝国における地方長官、まあ総督の屋敷であり、皇帝の泊まる宿でもあったという。今では数百年の間に重ねた改装もあって当時の土台が残っている建物はあまりないらしいが、頭領の支配を裏付けるだけの荘厳さがある。灯りがうまい具合に石造りの壁を照らすのは光の効果を考えているからこそできるものだ。

 

「ところで、ここにはよく来るの?」

 

「何回か。ここで働く人に手紙を届けるなんてこともするので」

 

なんか話を聞くとフリーの政策担当秘書みたいなものをやっているらしい。いやなんで本当に私の部下扱いに甘んじているんだ?若いとは言え後援してくれる人は多いだろうし、とも考えたが私が同じ立場になって古巣というか馴染んだ場所から移ってまで仕事したいかと言われると違うよなとなったので黙っておこう。純粋な損得の面で見ればあのケトの上司みたいな扱いがあったほうが裏で政治的工作とか回しやすいのだろうし。ああ、だからそういうミステリアスな天才のイメージを崩さないように黙っていろ、と。どうせケトのことだ。有る事無い事並べて私のイメージを勝手に作っているのだろう。それについては私が許可しているし、むしろお願いしている間であるから全く問題ないが。可哀想なのは後世の研究者である。

 


 

控室にはそれなりに人がいた。数えると二十人弱。私の知っている顔はなし、と。

 

「……あの人だかりは?」

 

「鏡でしょう」

 

近づいてみると確かにそうだった。私の全身が入るということは縦方向は私の身長の半分より大きいわけで。これだけの平面硝子(ガラス)を作り、鏡にするのは手間だっただろう。いや、かなり大きいな?枠の木の彫刻は植物モチーフだろうか。蔓とかが見える。

 

漏れ聞こえる会話を聞く限り、この鏡はそれなりの驚きをもって受け入れられているようだ。とはいえ具体的な作り方について言及してはいないらしいし、多分一品物だと思われている。まあこのレベルの硝子(ガラス)板は今の使い捨ての炉でならかなり高価だろうが、もう少し小さい炉で作れば手鏡ぐらいであればそれなりの価格で手に入るだろう。まあ問題はトレンス試薬のためのアンモニアか。まあ市場が生まれれば発酵した尿からの蒸留ぐらいはやってのけるだろう。

 

というか触ろうとした一人が衛兵に止められている。ここでどうでもいい知識を一つ。衛兵は頭領府の管轄で、将軍を頂点とする巡警とは別系統なのだ。まあ、クーデターとかが過去にあったらしいし、見張りの見張りとしての側面もあるのだろう。とはいえ衛兵は図書庫の城邦をぐるりと取り囲む城壁にある門の門番であるとか、この頭領府内の警備とか雑用とかをやっているので巡警と仕事がかぶりはしないのだ。さて、無駄話は終わり。衛兵が私に近づいてくる。

 

「キイ嬢で間違いありませんか?」

 

「ええ」

 

「間もなく、長卓の間にご案内できます」

 

「ありがとう」

 

私は手短に、それでもできるだけ敬意を込めて丁寧に言う。

 

「格好、大丈夫?」

 

私はケトの方を向いて、前で軽くステップを踏みくるりと回る。遠心力で軽く浮く裾。

 

「……問題ない、と思います」

 

「よかった」

 

鏡は自分で確認するのにはいいが、後ろとかはちゃんと見てもらった方がいい。結構そういうところで人を判断する人は私も含め多いのだ。

 

「さあて、頭領にお目にかかるのはかなり久しぶり、か」

 

「僕はすれ違うぐらいならしばしばありましたけどね」

 

あの時、まだ活版印刷機を作る前だった頃からかなり経った。向こうはどれだけ覚えているだろうか。私を評価しているだろうか。もちろん権威に対して私は盲目的に信奉しているわけではないが、大きな責任を負って働いている人からの評価というのは気になるものなのだ。

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