図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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政治

「……お疲れ様、です」

 

私の体重を支えながら、ケトは背中を撫でてくれる。

 

「うん……」

 

帰ってきてすぐに疲れが出てきた。今日の発言はちょっと面倒なやつだった。というより私は表向きは元印刷物管理局局長で現「総合技術報告」編集長。ここに呼ばれるほどの人かと言われると怪しいが、ケトの上司枠とか知っている人とかからの推薦もあってメンバーになっているらしい。というか司会が私のことをよーく知っているだろうからな。さすがに「刮目」の情報網は私を監視しているだろう。

 

まあつまりは聞かれる内容が異世界知識で答えられるものではなくて、ガチの実務内容なのだ。税金を使っているので説明の義務があるし、活動内容が内容なので答弁をしなくてはならない。まあ収支とかは記録を取ってあったからすぐに答えられたが、活動が具体的に役に立つかどうかについてはちょっと怪しい説明になった気もしなくはないな。エビデンスの欠如はどうしようもない。

 

「いい話し方だったと思いますよ」

 

「内容、は?」

 

「まあ、問題ないはずです。特に言質を取られるようなことも言っていませんでしたし」

 

「……重い?」

 

「少し」

 

「……わかった」

 

私はケトから一旦離れて、寝台に倒れ込む。

 

「政治、嫌だ……」

 

呟く私の後ろにケトが横になる。あったかいな。

 

「知っています。僕だってあまりやりたくないですけれども」

 

「……悪意とか、そういうの向けられない?」

 

「気にしたところでどうしようもないですけどね」

 

哀しそうな声。

 

「別に、やらなくてもいいんだよ?もう基礎はできたから、あとは引きこもって例えば『総合技術報告』に投稿するだけでも世界は変えられるし」

 

「時間がかかりすぎるでしょう?」

 

「……そんなに、急がなくちゃいけない?」

 

「……だって、遅れたらそれだけ人が困るじゃないですか」

 

「君のせいじゃないよ」

 

「キイさんも、そう言われて割り切れはしないでしょう?」

 

「無茶はやめてね?」

 

「わかっています。もし駄目だったら、一緒に逃げてくださいね」

 

「引き継ぎはやっていい?」

 

「いい編集員がいますよ。大丈夫なはずです」

 

「……まあ、確かに引き継ぎはできそうか」

 

なんかそう考えると気が楽になってきたな。私がいれば防げる問題はあるだろうが、それはそもそもこの世界で起こるはずだったもののはずだ。とはいえ通信システムやら論文という考え方とかがあれば知識の集約がやりやすくなるはずなので、問題への対処もマシになるだろう。

 

「でも、やっぱり楽しい」

 

「何がですか?」

 

私の呟きに、ケトが不思議そうに聞く。

 

「私の存在が、多くの人に知られていないってことが」

 

「影で動く、謎の人物と一部からは思われていますが」

 

「そう思わせているんでしょう?」

 

「ええ」

 

いたずらっぽく言うケト。

 

「まあ将来の史書には、多分私よりも君の名前が載るよ」

 

「そうですかね?直接表では動いていないので……」

 

「ああ……ならとても面倒だな。色々調べてもわかりにくい」

 

「まあ、なのでもしキイさんを直接尋ねてくるような人がいたら相当なので注意してくださいね」

 

「はあい」

 

っと、少し回復してきた。

 

「……これで、政治的なものと医学師との繋がりができた、と言っていいかな」

 

「いいと思います。……ところで、どうしてですか?」

 

「反対が多くなるようなことをやるから、場合によっては強権が必要で」

 

「例えば?」

 

「……そうだね。流行病については?」

 

疣贅(いぼ)熱、血咳病、粒疹、そういうものですか?」

 

「そうそう。かかったことは?」

 

「覚えていませんが、粒疹になったことがあるそうです」

 

「そういうものは、基本的に微小な生物、あるいはそれと似たものによって引き起こされる」

 

「似たもの、とは?」

 

「生物由来の物質なんだけど、これについてはまだわかるはずがないから……」

 

「続けてください」

 

「その微小な生物とかを身体に取り込まないためには、手を専用の薬剤で洗ったりする必要がある」

 

「キイさんのやっている石鹸ですか」

 

「あれで大半のものは大丈夫だけどね。あとは取り込んだ後でその微小生物が体内で増殖するんだけど」

 

「……想像したくないですね」

 

「事実だよ。その微小生物を狙って殺す薬や、あるいは体内でそういうものに対応しやすくするためのある種の予行をさせるみたいなのがあって……」

 

「膿移し、ですか」

 

「……たぶん、名前からしてそれそのもの。実際はその膿とかを薬品で処理したりするんだけど」

 

この世界にも天然痘みたいな感染症があるのか。怖いなぁ。まあもといた世界の人類史でもかなり古くからあったし、ある種の収斂進化で似た方向の症状を獲得した可能性はある。一応天然痘はウイルスなので抗生物質とかは効かないし、抗ウイルス薬の研究が進んだ頃には根絶宣言が出されていた。となると対処療法か発症前にワクチンを投与するかとかか。

 

「確かに、それなら問題は多そうですね」

 

「必要とあればこの貿易で成り立っている城邦の経済を止めないといけなくて、そのための政治が……」

 

「……今は寝ましょう。今すぐ解決できるものではないでしょうし」

 

「はい……」

 

面倒な考えを消して、ケトの体温に集中する。気休めだとはわかっていても、心は楽になるものだ。

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