ケトは事務作業とか交渉とかは得意だが、実際に文章を練ったりするのではまだ私のほうが上である。そりゃまあ私の博士論文はちょっと分量が多すぎるから削るべきだと言われたレベルだったからな。文字数制限はないとは言え、要約の要約が必要なのはちょっとあれだったと思う。扱う内容もやってきたこと全部盛り込んだ代物だったし。とっ散らかっているとの批判はまあ、否定しない。けれども資料とかをできるだけ参照しやすくしつつも通しで読んだだけで私の思考をぶつけられるレベルになるとああなるんですよ。
っと、まあそういうわけで法案の作成であるとか、あとは異世界知識を駆使して法の抜け穴とか悪用方法を考えるのはそれなりに得意なのである。それと前に印刷物に関する法律を制定するときにも参考人招致みたいなので呼ばれた繋がりもあるしね。
「……この部分ですが、例えば遺体から取り出したものを保存する場合が埋葬に当たるのかどうかを定める必要があるかと」
法文を確認して私は言う。相手は法律学師。今は図書庫で研究生活をしているのだが、長卓会議後の各種法整備のために呼ばれたらしい。なおこの人は実家が裕福なので仕事はあまりせず研究に専念しているとか。まあ、それが良い悪いは置いておこう。本心は羨ましいと思っているが、まあ私もかつては似たようなものだったからな。
「そんな事があり得るのか?」
「例えば教材用ですね。適切な処理を施せば、臓器などでも長期間保存できます」
「……明確には示さず、後の判断に委ねられるようにするべきでは?」
「まあそうでしょうね。実際法律の解釈が緩いので助かります」
「引き換えに法務審議会の面々が苦労するがな」
そう言って法律学師は笑う。
「知り合いがいるのですか?」
「同じ学徒寓で過ごした仲の人が何人か、な」
「ああ」
学閥というか、まあ学生時代の知り合いは縁があるとかなり長く続くからな。私はここらへんがちょっと怪しい。学術系の知り合いとかはいたし、研究室の飲み会にも定期的に顔を出したけど、個人的な繋がり、と、いうのは……。ああ、やめよ。仕事がんばろ。
そういうわけで色々と法律のリストを見ていく。明言はされていないが電波関連だと思われる実験のために特別区画を用意して予算を回す命令書。これも一応は広義の法律というか法令に入る。古帝国の法律体系を引き継いでいるのが少し話をややこしくするな。なんというか一回革命でも起こしてやり直したいが、それをやると統治権の正当性を血縁という形で保証する頭領がいなくなるので面倒な法哲学上の問題が起こる。
「……それにしても、よくまあこれだけの悪巧みを思いつくものだな」
他の班が出した草案に対し私の書いたコメントへの褒めているのかわからない言葉。
「そうですかね?」
曖昧な定義をついたもの。適切な監査システムの欠如。解釈担当者の買収可能性。
「苦手な人は苦手だからな。まあそういう人が多いことは良いことではあるが」
「法の裏をかかないと苦しかったり、そもそも守るべき法が存在しないよりは、ですか」
法治主義、とは違うんだよな。絶対的な法として古帝国法体系が存在して、それに色々と重ねていく感じ。変更不可能な憲法と、その下にある法令みたいなものか。なんか知ってる話だぞ?大抵そういうのはシステムの欠陥を頑張って補修して複雑に絡み合ったよくわからないものができるのだ。あれは戦力ではありません、専守防衛のための必要最小限度の自衛力ですよ。
「ひとまず、これについては重要だと思うのでもう少し時間をください」
発案所持権についての制定書だ。著作権と特許を合わせたような概念である。ここらへんは図書庫の城邦の歴史とか文化とかも合わせつつ、うまくやっていくしかない。まあ知的財産権だの特許闘争については専門家とまでは言わないが一応それなりに詳しいのだ。法務部にいたおじちゃん弁護士の自慢話は当時はそれなりに楽しかったが、今思うとコンプライアンスが明後日の方向に行っていた話ばっかだったな?
「印刷物関連だからか?」
「いえ、これはむしろ技術側ですね。私の発案物は別に自由に使ってもらっていいのですが、誰もがそうだとは限らないわけで」
私はかなりの技術革新の種を撒いた。複数の分野で、かつてのIT技術の発展とかに比類するようなレベルの飛躍が、並行して、かつ短期間に起こる可能性が高い。個人の権利の問題、研究団体の投資戦略、あるいはもっとマクロな技術政策でも良い。どこまでの権利を認め、どこまでの制限をかけるのが最適かは正直わからない。ま、ここらへんはそれなりに成功してそれなりに失敗した国の事例が頭の中にあるので多少は参考になるだろう。結果的に失敗した選択はあるし、一部の分野にかなりのダメージを与えた政策もある。中には完全な無能であるとしか言いようがないものも、まあ存在する。それでもほとんどは選抜を受け、訓練を積み、経験を重ねた専門家によって作られたものだ。もっといい選択が存在したとしても、それを選べたとは限らない。少なくとも実行できた例としてなら、使えはするだろう。
「そうか。ただ、あまり複雑にしすぎるなよ?余計な言葉であれば申し訳ないが、先を見すぎるきらいがあるように思う」
「いえ、正しい評価であるとは思います。なので、私だけでは駄目なのですよ」
別にこのシステムが最善であるとも無謬であるとも思わないし、改善点はあるのだろうが、まあ悪くない法制度である。さて続きだ。今日は夜遅くなりそうだな。