図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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木樽

解剖に関わった人がみな疲労困憊している横で、比較的マシな私を含めた手伝いの人たちが掃除をした。風通しを良くし、各所に次亜塩素酸ナトリウム水溶液をぶちまけ、血のこびりついた布は煮沸消毒の後に漂白。私は一応安い布手袋に蝋を引いてなんちゃって防水をしたものを使っていたが、少しずつ染みていたので不味い気がする。外したほうがマシだったかもしれない。あ、モップを作ろう。

 

「……で、これがそれですか」

 

ケトが呆れたように言う。私が一日がかりで作ったものがなんか地味なもので少しがっかりしたらしい。

 

「そう!腰を曲げなくて済むし、この容器の中で揺すれば汚れも取れやすいわけ」

 

本当は足踏み式の回転水切りとかつけたかったが、構造が複雑になりすぎるので却下。

 

「いえ便利は便利ですけど……。むしろ容器のほうが重要なのでは?」

 

この容器の方を作ったのは私ではない。基本的な設計図を渡して商会が抱えている工房に頼んだのだ。色々なものを作らされているせいで、あらゆる分野の加工技術が集まっているらしい。その上見学を比較的自由にすることで業界全体の生産量も上げ、その過程で色々な加工機械を売り込むしサプライチェーンを作っていくという恐ろしい作戦である。長髪の商者曰く、五十年位先を見ているそうで。こういう長期的な視点というのはかなり大事である。そうじゃないと金になるからという理由で色々と面倒なことをやらかして後世で厄介事を引き起こすので。あとは精油の作成とかの余りで出てくるタールで防水。簡単でしょ?

 

「ただの成形板を金属の輪で止めただけだけど」

 

加熱した金属の輪を水で急冷して締める仕組みだ。加熱用の設備も、鋼を輪のように曲げるためのプレスも既に稼働中である。

 

「それを一瞬で作りましたよね?」

 

「一瞬じゃないよ?」

 

「本来はそういうの、もっと時間がかかるはずだと読んだのですが」

 

「あー……、あれか、丸鋸か」

 

最近作られた工具で、円板の外周に(のこぎり)の目を立てたものである。「鋼売り」から仕入れられた良質の鋼を使った上で熱処理したものを水車で回しているので、サクサクと木の板が作れる。これをベースにした木箱を用いたコンテナ輸送の計画が着々と進んでいるらしい。私はそれをちょっと借りて板の縁をいい具合に斜めにして、円筒状に持っていったわけだ。底についてはいい感じに切り出した丸太の一部を旋盤でぎゅーんとやっただけである。

 

「……こういう木の容器、とても高いんですよ」

 

金属ではなく植物性の何かで箍の代わりにしていたが、一応樽みたいなものは見たことがある。ただそこまで数があったわけではない。

 

「そりゃまあ、全部手作りで作っていればねぇ」

 

「それが多分、銀数枚で手に入るようになるわけですよね」

 

「手間賃含めてもまあ、そんなものかな」

 

「……輸送が、壊れますよ?」

 

「そこまで?」

 

「はい」

 

なるほど。とてもヤバいことをしてしまったというわけだ。まあ木箱よりも樽のほうが扱いは楽だしな。形状を調整して転がしやすくしてもいい。

 

「まあそれは本題じゃないわけで。……頼んでおいた実験が成功していた」

 

「実験?」

 

これを放っておくほどの案件とはなにか、みたいな顔をしたケト。

 

「ある種の微小生物、まあ端的に言えば黴を育てる方法の確立」

 

骨の煮汁を使った液体培地による培養である。基本的にはペトリ皿みたいなものを使って、そこに使えそうな菌を置いていく。ひとまず希釈によって単離ができるところまではたどり着いた。

 

「前に言っていましたね。……あれですか、微小生物による病に対する治療薬が作れるんですか?」

 

「まだかかりそう。けれども、手洗いの重要性は示せるね」

 

「少し怪しくありません?」

 

「洗っていないあなたの手には、これだけの黴がついていますよ、みたいなことを言えば嫌でも洗いたくなるよ」

 

あまり誠実な手段ではないことはわかっているが、こういうことの準備をしておかないとアウトブレイク発生時に対応できない。

 

「微小生物自体が、色々なことに関わっているんですよね」

 

「そう。生地が膨らむのも、酒が作られるのも、ある種の病も、その微小生物の一群が原因。で、それを増やせるということはその微小生物を道具として扱える可能性も意味する」

 

「新しい病を作るんですか?」

 

「できるよ」

 

多剤耐性菌の作成というのはそう難しくはない。抗生物質をいい具合に薄めて入れた培地で変異するまで待てばいいだけだ。なお適当に薬を飲んだ人体でも似たようなことができる。ちゃんと専門家の指示に従わないで薬を飲むと大変なものを生み出してしまうというわけである。もちろん、そうでなくとも耐性菌が生まれてしまうことがあるのでこういうのはピンポイントで使わなければならないのだが、ここらへんは実際の実験結果を見せた上でないとばんばん使いまくるだろうからな。別にこれは万能薬ではないんだよ。

 

「……何をするつもりですか?」

 

「いや、作れるだけだけど。いやでも死に至らしめるとかいうのは難しいかもな……」

 

「やめてくださいね?」

 

「はい」

 

まあ、感染症の研究をすればバイオテロをする技術は溜まっていくのだ。まだ大丈夫だろうが、ここらへんの監視体制も長期的には用意しておかないとな。

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