図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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禁書

抗生物質の単離についてはまあそう難しくはないので投げている。今やっているのは骨とか組織とか器官とかの説明文書の校正。例の医学師が本にして出版すると言うので、その手伝いだ。

 

「いや、それにしても図が見事だ。紹介してくれてありがとう」

 

そういえば画家というか記録担当は私のネットワークの人物だったな。

 

「私からも伝えておきますよ。ああいう描き方をきちんとできないと、文字だけでは伝わらないものも多かったでしょう?」

 

「先人たちの記録は確かに役に立ったが、だからこそ自分の筆の下手さを思い知るよ……」

 

「そうですかね?」

 

呟くケト。解剖では直接私と一緒に行動することはなかったが、裏方で色々と働いていた。解剖場所の近所に挨拶回りに行ったりとかね。

 

「実際に目にしたことのない僕でも、かなり情景が浮かんできますよ」

 

「……それでは、駄目なのだ」

 

「あくまで説明文であり、描写文ではあってはならないんだって」

 

医学師の言葉に私は補足を入れる。

 

「ああ、それなら良くないのか……」

 

実際、私が読んでも医学師の文章は面白いのだ。解剖の過程がしっかりと伝わってくる。まあこれを出版したら流石に印刷物管理局から指導とか入るだろう。場合によっては法廷闘争も辞さないが、まあ穏便に済ませられるならゆっくり行くに越したことはない。あとは大図書庫の特別図書庫にでも入れるか?

 

「少し質問、いい?」

 

私は医学師に声をかける。

 

「答えられることであれば」

 

「『図書庫の中の図書庫』に入ることができるの、講官とあと特別に認められている人だけ、と聞いたけどそれってどうなの?」

 

大図書庫のコレクションの中核である「図書庫の中の図書庫」についてはあまり知らない。納入された棚の数とか、歩幅から計算した面積とか、関係者の噂話を統合すると相当な量の本が詰められているとは推測できるのだが。閲覧禁止なのは資料の保存もあるのだろうが、どうにも思想的なものが感じられなくもない。まあ、ここらへんは私の邪推も混じっているだろうが。なにせこういうものはバチカンの文書館ぐらいしか知っているものがないので、禁書を溜め込んでいるんじゃないかと思ってしまうのである。

 

「……真実だ」

 

「なるほどね。行ったことは?」

 

「ある」

 

「中にどういう本があるかは」

 

「言えない」

 

「なるほど。どれぐらい本があるかも?」

 

「言えない」

 

「本の持ち出しはできない?」

 

「ああ。記録するための蝋版の持ち込みも禁じられている」

 

機密度の高い資料、か。もちろん講官になるような、つまりはその知識で非常に優秀と認められて図書庫から給金が出るほどの人物が読んだ本の一頁も暗記できないとは思わないが。

 

「そこに本を置いてもらうことはできる?」

 

「……いや、できなくはないだろうが、なぜ?」

 

「私個人の思想としてはどんな本であっても残されるべきだと考えているから。今の時代では公にできないものがあることは認めるけれども、将来的にはそうではなくなる可能性もあるでしょう?」

 

検閲は出版が発展するに伴って生まれたし、表現の自由は民主主義思想の根幹を成しているとはいえそれが普遍的であるとする理由は一切ない。例えば明らかに誤った文献が世に出るのを規制することが正しいと判断される価値基準も十分構築し得るだろう。それが異教の教えであれ、猥褻物であれ、あるいは危険で無意味な治療を推奨するものであれ。創作物であってもそれが与える影響は無視できない以上、急激な変化による混乱を知っている以上危険思想を取り締まるべきではないか、と考えている私もいる。

 

とはいえ残すことは重要だ。私が歴史趣味なのもあるが、後から再評価する時に色々とあると便利なのだ。もちろん、歴史の闇に埋めたいものが存在することはわかる。燃やしてしまえばそれで後世に影響がなくなるものを、わざわざコストをかけてまで残す必要性を認めない意見も理解する。それでも、当時の色々な情勢を知ることができる文献は大抵くだらないものであり、時には権力者が隠したいものだったりするのだ。ここで言う権力者とは必ずしも王とか政府とかに限らない。というか国民主権の世界なら権力者とは国民であってつまりはお前らなんだよ……っと、危ない、政治思想が私はそれなりに偏っているからな。まあ別に出版程度で人は死にはしない。重要であることは認めるけれども、最重要ではない。文化は人が人らしく生きるために重要だけれども、まずは生きないと人間は死んでしまうのだ。

 

というわけで医療とか食料分野の情報が規制されるとかではない限り、私はのんびりやるつもりである。いや危険思想書を書いて納本してもいいな。

 

「……というより、キイ嬢であれば入れないのかね?」

 

「さあ」

 

「昔の話だが、遠くの国からやってきた賢人に書を見せた例があったはずだ」

 

「いつ頃です?」

 

「134年前です」

 

私たちの話を聞いていたケトが言う。

 

「見たいんですか?」

 

「いや、まだ好奇心の段階。危ないならやめるけど」

 

「……必要なものを揃えるのであれば、多少時間はかかりますができるはずです。頭領と図書庫の庫長の推薦、それと複数の講官が認めれば可能かと」

 

「頭領が図書庫の問題に口を挟めるの?」

 

「あの人は『図書庫の名誉ある守護者』でもありますから。その人からのお願いを無下にはできないはずです」

 

「ケト君の、その悪いやり方はどこで学んだのかね?」

 

医学師の質問に、ケトは無言で私を見る。私は目をそらした。

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