図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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「……閲覧はお断りさせていただいております」

 

私と同じぐらいの年齢の図書庫の職員が、辛そうな顔で言う。

 

「ん。確かに私は講官ではないよ。けれども、適当な許可さえあればいいんだろう?」

 

「……そう、かも、しれませんが」

 

妙に歯切れが悪い。この雰囲気だと彼の怠惰とかではないな。もう少し面倒な事情があるのだろう。

 

「どういう許可が必要なのかだけ確認したいだけなんだ。もし私にはどうしても無理だというなら仕方がないよ」

 

できるだけの笑顔。相手を思いやる姿勢を見せる。プレッシャーを感じるのだとしたら向こうの責任だ、となんとも嫌な自己弁護をしている自分から目を背けながら私は解答を促した。

 

「……ここだけの話ですが、キイ嬢には見せられないと思います」

 

「ほう。なら諦めるしかないかな。具体的な理由はわかる?」

 

「あなた、色々と面倒ごとをもたらしていると噂されているんですよ」

 

「噂ではなく事実だろうけどね」

 

「ただでさえ、この中にはあまり表に出したくないものも多いのです。それを印刷物なんていう隠すのとは対極のものを作り出した人間に開放すればろくなことにならない、と考える人は多いのですよ」

 

「具体的に誰がそう思っているのか教えてもらえたりしない?一人ひとりに『説得』していくぐらいはするからさ」

 

「やめてください……」

 

「そう」

 

「あれ、引き下がるんですね」

 

後ろで私と職員の対話を聞いていたケトが口を開く。

 

「まあ、彼に迷惑がかかっても悪いしね」

 

「そうですか、なら僕が質問しても?」

 

「……ええ、構いませんよ」

 

職員の人が笑顔で言う。ああ、かわいそうに。この手の案件は、私よりもケトの方が上手になっているのだ。そりゃまあ人口四十万、この世界屈指の大都市の政治中枢に食い込んでいるのだ。年齢自体はもう大人と言える頃とは言え、まだ若手に入る。今後の成長が期待されていたり畏怖されていたりするのも当然と言えるだろう。

 

「134年前、閲覧を許した例がありましたね?」

 

「あれは天文学の文献に関連する分野のみの閲覧でした。それに加え、その哲人は王からの紹介状とその故郷での観測記録を持ってきていたのです。今回と事情は違いますよ」

 

あ、ちゃんとそこは返せるんだ。素晴らしい。というか多分こういう面倒な質問をしに来るやつがいることを前提にされているな。私なのかケトなのか、それとも特に相手を想定していないのかは知らないがまあいい心がけである。

 

「そうでしょうか?まず閲覧についてですが、今回は医術に関わる過去の解剖記録について知りたいだけです。徒に部外者に見せるべきものではないとは理解していますが、今回僕とキイ嬢は解剖に携わっています。必要であれば医学師からの証書でも持ってきますが」

 

それに対してケトは比較的穏当な条件での質問。なお「今回は」と言っているあたり、一度取った閲覧許可をどんどん拡大して使っていくつもりなのは明白である。ああ嫌だ。

 

「……もしそうでしたら、題名を教えていただければ閲覧室までお持ちしますよ。それであれば、その医学師の方からの紹介状のみで問題ありません」

 

まあ、落し所としては悪くないだろう。とはいえこれで引き下がるほどケトは甘くない。

 

「しかし、解剖の記録自体は相当稀でしょう?きちんと全て閲覧できるものでしょうか?それに体内を切り開くような手術についてもできれば知りたいのです。手に取って見る事ができなければ……」

 

これまた断りにくい理由。

 

「医学師の方の閲覧であれば、特に問題ありませんよ。そして内容によっては、それを他の人に話しても構わないと判断できますが」

 

「いえいえ、それですとそちらがわに無用の手間をかけさせてしまいます。こちらで条件は用意しますから、あなたがたにご迷惑はおかけしませんよ」

 

なんていうか、どうやってこういう手口を学んだのだろう。私が教えられる範囲をゆうに超えている気がするのだが。やはりあれか?OJTの威力というやつか?

 

「……ともかく、こちらの権限で安易にお答えは致しかねます。ただ、見ないほうがいいですよ」

 

「そこまでのもの?」

 

職員の言葉に、私はケトの後ろから聞く。

 

「ええ。忘れたいと思う時があるぐらいですから」

 

「例えば……衙堂の仕事、とか?」

 

「それについては、これ以上は何も言えません。……申し訳ありませんが、用事があるので失礼させてもらいますね」

 

「そうでしたか。お引き止めして申し訳ない。帰るよ、ケト君」

 

表情の変化。その後の対応。まあ、多分この後私が秘密を知っている可能性が高いと上に報告するのだろう。はい、黒色火薬の時にもやらかしましたね。流石に命を狙われるとまでは行かないだろうが、はてさてどう口を封じてくるのやら。一応予備の手は打っておくか。

 

「……キイさん」

 

「なんていうか、少し揺さぶりをかけるつもりが当たりを引いてしまったようだ」

 

二酉という雰囲気とも違うし、そこまでして長期間記録を残しているくせに処分しないとなると、その記録は今でも意味を持っていると考えられる。となるとそれと同じだけ歴史を持つ組織が使っているとかと考えるとやはり衙堂か、となるのだ。

 

「ケトくん、この後の予定は?」

 

「今日であればありませんが」

 

「トゥー嬢のところに寄っていい?」

 

「……構いませんが、その意味をわかっていますか?」

 

「もちろん」

 

「……なら、構いませんよ」

 

ケトとしては私の作戦にあまり乗り気ではないが、止めるほどではない、と。ま、どうにかなるといいが。

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