図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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信仰

「……やはり、目が悪くなってきたな」

 

私は巻物を閉じる。かつてのようなペースで文字を読むことができない。そりゃあまあ聖典語は私が思考に使っているものではないのでどうしてもワンテンポ遅れるとは言え、小学生の頃ならこれぐらい逆さまにして逆から読んでも理解できたはずだ。

 

「その読書速度で、ですか?」

 

呆れるように言うケトであるが、その手には巻物がいくつも抱えられている。もし閲覧ができない理由が歴史系であるとすれば、隠されていないほうの歴史を見ればいい。とはいえ、あまりそういうものがないのだ。

 

「地理学の主要なものには目を通したけど、やっぱり歴史に関するものは少ない気がする」

 

メタ学問は好きなので当然史学史は齧ったつもりだが、ヘーロドトスに相当する人物がいない。断片的な歴史であったり、詩人の来歴であったり、災害の記録だったりはある。しかしなんというか、包括的なものがないのだ。古帝国の正史ぐらいあっても良さそうなものなのだが。

 

一応年代記はあるらしいが、それは学徒が借りることのできるような図書庫にはないし、原本はやはり「図書庫の中の図書庫」にあるそうだ。怪しくないか?それとも純粋にこの世界ではそういう方面の認識が欠けているだけなのか?

 

「……断片から再構築するにも、時間がかかるからな」

 

私はそう言って溜息を吐く。あらゆる本を漁り、関係しそうな記述を片っ端から引き出し、継ぎ接ぎして年表を作ることはできるだろう。で、それが何だというのだ。歴史と年表は違う。歴史とは事実の羅列ではない、とは指導教員にかなり煩く言われた言葉である。とはいえ返しに先生のそれはチェリーピッキングでは?と殴り合っていたのでまあ、似たような感じである。もちろん私だって自説を強調する根拠を中心に集めたことがあったけれども。

 

歴史学の手法というのは、それなりの蓄積がないと成立しない。そりゃまあ科学かと言われれば怪しいし、工学畑の人間からすれば非常にどうでもいいような争いもあった。しかし、そこには単なる歴史の積み重ね以上のものがあったのだ。まあそもそも膨大な情報を人間は処理できないので何らかの史観、つまりはフレームワークを用意しないと扱いきれない以上偏った見方になるのは仕方がないが。

 

「神話や伝承の方を探しますか?」

 

「過去の逸話をもとにしたものがあるかもしれないけど……いや、ちょっと待って」

 

「はい」

 

「司士や司女って、他人の信仰を否定していいの?」

 

この世界にある宗教はあまり体系化されていないし、地域ごとの伝承にアニミズムを混ぜて、時々「聖人」みたいな人物が出てくるぐらいだ。とはいえこの聖人もなんか徳が高いぐらいの有名人であるのだが。信じる神が一柱しかいないという人がいたとしても、その人の世界観の中には多神教が混じっている。拝一神教というやつだ。どこぞの嫉む神も出身はここ。もちろんエドワード・バーネット・タイラーが唱えたようなアニミズムから多神教、一神教という安易な一直線モデルは傲慢な耶蘇教文化の産物だと言いたいが、そういうふうに働く方向性みたいなものがあってもおかしくはない気がするんだよな。こっちにはどうも見当たらないけど。

 

「もちろん、いけませんよ」

 

「だよね。なら、過去の逸話とかを神秘的要素のない歴史的事象としてみなすのはいいの?」

 

「あくまで解釈の問題ですからね、それを押し付けたり、信仰を持つ人の前で見せつけるようにでもしなければまあ問題ないかと」

 

「そういうもの?」

 

「そういうものだと思いますよ。そりゃまあ一部の人からは敬虔さが足りないとか言われそうですけど」

 

「……わかった。ここらへんは私の認識が怪しいから、定期的に確認をお願いしたい」

 

「キイさんのいた場所では、信仰がどういう扱いをされていたのですか?」

 

ケトがちょっと気になったように言う。そういえば、そういう話はしたことなかったな。付き合いは長いのに。

 

「そうだね。ええと、一つの神だけを拝む、ってわかる?」

 

「特に強くただ一柱に帰依する、という意味ではなく?」

 

「そう。他の神の考えをくだらない、取るに足らない、幻想だと言うような」

 

「そんな考えがあり得るのですか?信じる神がなぜその一柱なのかの正当性を問われたらすぐ崩壊するじゃないですか」

 

「……やっぱり、そう思う?」

 

「少なくとも、僕は」

 

ケトの思考が私寄り、というのはあまりないだろうな。彼の育て親のハルツさんは別にそう敬虔ではなかったが、きちんと神事みたいなものはこなしていたらしいしケトもそこら辺の知識はある。

 

「ともかく、空と大地を創造したなんかすごい神がただ一つ存在して、それを信じることが正しいって宗教があるのよ」

 

「……はあ」

 

なんというか、うん。呆れているな。まあ唯一神教の文化圏の人に多神教とか無神論の話をしたらこういう顔をされるだろう。

 

「その宗教の祭事と、あとは異なる二系統の神々のための祭事があって、それを自然にやっていた」

 

「ええと、祭り好きですか?」

 

「たぶんそう」

 

「……まあ、そう考えると僕たちも似たようなものかもしれませんが」

 

確かにこっちでもたまに祭りとかあるもんな。日食とか月食とかがあると劇とかやってるし。

 

「確かに、それならうまくわからないところがあるかもしれませんね」

 

「そう」

 

まあ、理解できないことが理解できればいいのだ。意思疎通には完全な理解は必要ないのだし。

 

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