この世界の裏でうごめくなんかすごい感じの真実に気がついてしまった時には、たいていしっかり寝て美味しいものを食べる必要がある。世の中は陰謀論が成立するほど単純ではないのだ。
「そういうわけで届いている手紙です。誤字の報告はこっちでまとめておきました」
「ありがとうね」
「いいえ」
編集員が私の机の上にまとめて紙を置く。
「それで、数日仕事を休むほど重要なことでもあったのですか?」
「実際のところどうなんだろうな……」
別に古帝国と衙堂が世界の思想を裏で操っていたからと言ってそれが何だという話である。いや実際アダム・ヴァイスハウプトのオタク趣味同好会がフランス革命に与えた影響はないわけではないだろうけれども、それがなんで数百年生き残って世界を裏で操ってるなんてことになるんですかね。
とはいえ、もし本当にそういうことをしているのであれば、その目的がどうあれ存在を隠すのはまあ正しい。こういうものは完全に隠すか、あるいは呆れるほど公開してしまうかのどちらである。後者を取るためには十分な広報能力が必要なので、この世界では無理となる。となると変なことを思われるよりかは、知らせるべき人には知らせた上で基本的に黙して何も語らないのが正しい。そこに首を趣味で突っ込むのは無粋というものだろう。
「……あ、これ面白いな」
時間測定装置のための基礎研究だ。板バネの振動を使って時間を測定しようとしているが、外部からどうやって動力を送るかと得られた振動をどうやって出力にするかのあたりがまだ悩みどころらしい。今のところ熱処理をした鋼の薄板を作ってほぼ一定周期で動くことは確認できているそうで。
「編集長もそう思いますか?」
「うん。ええと、こういう機構を扱っている人の名簿は……」
「領域441です」
「……覚えてるの?」
彼女が言った数字は私が雑に作った技術分野の一覧表のものだ。
「ええ」
で、この編集員はその一覧表を大体覚えているそうだ。怖い。ある程度系統的になっているとはいえ、「まだ存在し得ない分野」についてもある程度考慮したものになっているからあまり直感的ではないはずだが。
「……紹介の手紙、お願いできる?」
「任されました」
多分私が言わなくとも彼女は仕事をしただろうが、私が頼んだ以上責任は私にあるのだ。まあ雇ったのが私なので明らかに編集員の意図的なミスとかではない限り追求とかはしないつもりだけれども。
「それにしても、やっぱり面白い考えが多く出てくるなぁ」
旋盤の導入は機械化の波を引き起こしている。ここで言う機械化は動力の導入というよりも、制御の機構化とかの方面に近い。細かい作業を電磁石仕掛けの装置でやろうとしたり、活字を並べるのをどうにかして自動化しようとしたり。ライノタイプとかのアイデアに到達するにはまだいくつか技術的ハードルがあるが、それでも特定の分野で数年のうちにブレイクスルーが起こる気配がする。
「私もやってみたいんですけどね、やっぱり工房勤めとかだとやりやすいそうで」
「それっていいの?」
「工師とか大工師に許可取ればいいと思いますよ、学徒として色々触っている人もいますし」
「将来的には、そういうのをちゃんと教える機関があったほうがいいのかもねぇ」
学問の場でも、官僚育成の場でも、職人育成の場でもない。機材が揃って、加工とかができて、かつ何らかのカリキュラムがある空間。ファブラボとかに方針が近いな。ある程度必要な機材が選定できれば規格化して大量生産して各所に配備とかしたいし。そういう事ができれば、地方でも機械の導入が可能となるはずなんだよな。基本的な材料は大きいところで作って、交換用のものは自作していく。ここらへんはかつての産業史とは別ルートになるので、基本的に私は口出ししたくない。もちろんやばい方向に進みそうなら横から方向修正とかするべきだし、長期的になんらかの監視機関のようなものを用意して警告ができるようにしたい。
……ああ、こういうものかもな、と私は気がつく。もし私のような先見の明がある人が古帝国にいたら?面倒事を起こさないために、芽を摘み取るぐらいのことはする。衙堂というのはそのための機関なのだろうか?
で、そんなやつがどういうやつかは可能性が一つある。私みたいに、異世界の知識を持つ人間。私一人だけしかこういう人がいないという可能性はあるけれども、別にいたっておかしくない。まあもちろん世界史を見れば異世界から来たんじゃないかと疑いたくなるけれども出自がしっかりしている人はいるので、そういう可能性もあるけれども。
どちらにしろ、もしそういうシステムがあるなら私の知識を提供しておくのがいいだろう。ゼロから作るよりはマシだ。というわけで、ちょっと探りをもう少し入れてみることにしよう。