私たちが作っている「総合技術報告」は幸いかなりの人気である。海を超えて原稿が来ることもあるし、編集所にファンレターが来ることもある。値段はあまり安いとはいえないのは仕方がないが、それでも意欲のある学徒がお金を出し合えば買えるぐらいではあるし、いくつかの学徒寓敷設の図書庫には収められているという。この図書庫の城邦でしばらく学徒をしていた時期があったわけだが、ここらへんはやっぱりシステムがなれないのでわかりにくいんだよな。
まあ、そういうわけで「総合技術報告」を作った専門家たちの会合は編集所とは別で活動を続け、なんか学会みたいなものになっていたのである。私からすれば出版業務を奪った形になるが、まあそれについてはあまり反感がないというか面倒事を引き受けてくれてありがとうという感じである。まあ、それも何なので懇談会みたいなやつの場所取りは編集所名義でやっているし、軽食代として銀数枚は出している。編集員からすると出資の意味があるのかと疑問に思っていたらしいが、ケトがちゃんと説明してくれた。月に一度、銀片数枚を出すだけで城邦中から専門家を呼べるなら安いものだ、と。言い方が悪いぞ。
とはいえ、この学会みたいなものにはまだ名前がついていない。Accademia dei Linceiよろしく動物の名にでもあやかるか?とはいえこの世界にはディオスクーロイもいなければ彼らに助言した人もいないので「学会」という言葉をどうするのかという問題がある。ちなみに今のところの通称の一つは「奇人酔話会」らしい。これが定着してしまったら困るので名前の正式決定時にはどうにかしないと。
「ああ、彼女は私の弟子だ。妻の姪にあたる。夫は文法学と修辞学の講師をしている」
でまあ、こういう若手紹介も出るのだ。おや、女性とは珍しい。ケトと同じぐらいかな。まあこの図書庫の城邦における初婚年齢とかを考えればまあそんなものか。まあ女性がこういう界隈に来てくれるのはいいことである。来なくちゃいけないことの裏返しでなければいいのだけれどもな。
「皆様、よろしくお願いします」
丁寧な彼女の挨拶。
「ああ、たぶん名のある商者の娘とかですよ」
豆菓子をつまみながらケトが言う。
「どうしてそう思う?」
「んー、雰囲気……」
「なるほどね、とはいえそれで相手を決めつけないようには気をつけてね」
「わかってますよ。教養がなさそうな人だなとか変な態度だなとかで人を切り捨てたらキイさんが犠牲になりますもの」
「言ってくれるねぇ」
一応私、まだ時々文法的ミスはするし東方通商語でも詰まることがあるし一般常識が欠如していたりでちょっと怪しい人間なのだ。まあ私みたいなやつがここにはいっぱい集まっているのであまり浮くことはないが。
てなわけで、オープンスペーステクノロジーめいた会合の始まりである。ここらへんは異世界知識を活用させてもらいますとも。普段私は色々うろうろしたりしなかったりして横から変なことを言ったり言わなかったりケトに止められたりしているのだが、今回はハルツさんの作った本についての話である。興味を持ってくれた人がそれなりにいたようで何より。
「これ自体は聖典語版だが、東方通商語版もあったほうがいいかねぇ」
「要約版を配布して、そこから様子を見るべきでは?」
「より詳しいものを作るべきだろう。これは偏りがないわけではない、事実地元の作物にこれはあまり上手くいかないと思うし」
なんかもう勝手に話が始まっている。私がやるのは暴走しないように適度にブレーキを掛けつつ、話し合いの方向性を誘導することだ。
「別にここにいなくていいのに」
私は後ろに座ってメモを取っているケトに小声で言う。
「専門的すぎてわからないことが多いんですよ、運動哲学における算学の効用性なんて言われてもわかりませんよ」
そんなことを言いながら発言をちゃんとメモできるのは凄い。私にはちょっと辛い。
「へえ、後で内容について聞こう」
「キイさんが行けばいいんですよ?」
「さすがに提案者が消えたらまずいでしょ、っと、ああ、その点については私も同感ですが、衙堂の郵便制度を活用できないでしょうか?調査に必要な種を集めるのには有効だと思います」
話の内容は実験農園みたいなものに移っていた。会議の参加者の中に司士として実際に農業政策というか農業指導みたいな方面に関わっている人が来てくれているのでその人の実態説明もあって話がスムーズに進むし、無理なものは無理だとちゃんと言ってくれる。なお彼はケトが引っ張ってきたそうだ。ケトにねぎらいの何かができればいいのだが、あまりそういうのを好まないし私の方もアイデアがあるわけではないからな。
「確かに、城邦に集約しなくとも各所のやり取りを活発にさせることも重要だろうな」
「耕人が手紙をやり取りできれば一番なのだが」
「無茶言わないでくださいよ、ただでさえ郵便は大変で不慣れなのもあって届かないものがあったりするんです」
ここらへんは私の知識は直接役には立たない。なので裏方に徹しよう。まあ助けになる技術なら色々とある。土壌の分析から放射線による品種改良まで、手札はそれなりにあるのだ。