図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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自信

私がちょっとクラクラする頭を抑えて立ち上がると、それでケトも目を覚ましたようだった。昨日ここに倒れ込んだ瞬間から今まで記憶がない。よく寝ていたというか意識を失っていたわけだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

ちょっとふらついていたから心配したのだろう。ケトが声をかけてくれた。ゆっくり呼吸をして、ちゃんと視野が歪んでいないことを確認。

 

「……うん。平気。さて、仕事だ」

 

締切は昨日だった。そして原稿が揃ったので、今日からまとめる作業である。忙しい。本当であれば徹夜明けの今日ぐらいはゆったりしたいが、今後色々立て込んでいるのでしばらくゆっくりするのは難しい。まあ実際はいくつかの原稿をこれからケトとか編集員の人に集めてもらうわけだが。あ、私も行こうかな。先に私の原稿から印刷に回していけば、他の人の分を間に合わせる余裕ができるだろう。依頼したものも一から全部書くとかじゃなくてハルツさんが書いたものをもとに簡単な言葉遣いにしたりわかりやすいようにしたり、といったものだからそう遅れることもないと思うけど。私の分?最初の総論と終わりの結論が担当だったので一から書きましたとも。言い回しは多分大丈夫だが、念のためにケトに確認してもらうか。

 

「ひとまず明日には原稿の版作りを始めてもらわなくちゃ……」

 

そう呟いて、背伸び。ひとまず今日はあまり頭脳労働はせず身体を動かす方面でどうにかして、早く寝て明日本気を出そう。そうしよう。そういえばケトと一緒に寝たのに何も覚えていないのはちょっと悔しいな。あったかくて抱き心地がいいのに。

 

「ケトくんは今後の予定とかある?」

 

「印刷とか頒布の根回しであれば、今できる分は終わらせてあります。実物さえあれば動けますよ」

 

あ、基本的に暇なんだ。ちゃんと仕事を終えているのはいいことだ。というかゆっくり休んでくれ。裏で色々働いていることを私はちゃんと知っているんだよ。ケトは隠したがっているらしいからわざわざあえて言ったりはしないけど、ちゃんと感謝は忘れないようにしないと。

 

「ありがとうね、いつも」

 

「キイさんだって相当やってると思うのですが」

 

「面倒な政治案件を他人に投げているから、評価に値するとはあまり思えないんだけどね」

 

そりゃまあ比較優位を考えれば他の人ができない分野があるなら他の人に自分以外でもできるものを任せるべきだけどさ、公平な負担みたいなものは考慮すべきだろう。最適な組み合わせが、誰もが納得できるものである保証はどこにもないのだ。

 

「まあ、そこらへんは互いに尊重し合うということで」

 

私に外套を渡しながらケトが言う。ケトも含めてこの世界には物分かりのいい人が多い。衙堂の教育の賜物だろうか?

 

「そうだね。いい本ができるといいなぁ」

 

「間違いなくいい本になると思いますが、それでいいのですか?」

 

「と、いうと?」

 

意味深な感じで言うケトに、私は歩きながら返事をする。

 

「キイさんが、その程度で満足するのかなと」

 

「……一旦公開したものには、自信と責任を持たないといけないよ」

 

論文とかね。後から修正も不可能ではないが、締切までで頑張ってできたものが完成形なのである。なのでそれまでは全力を尽くすし、それが終わったら基本的に頭の中から消し去る。

 

「それもそうですか。いい本だ、そしてこれから作るものはもっといい本だ、と」

 

「自信はほどほどにしないとだけれどもね」

 

結果的にできるのは64(ページ)の小冊子。表紙と本文の紙が同じ、低価格での生産に特化した代物だ。ある種のミシンみたいな糸綴じ機構も作られている。というかこれを発展させてミシンを作れとオマケで最近北方から「総合技術報告」に送られてきた紡績機の模型と設計図面も一緒に関係者に渡してお願いしておいたからそう遠くないうちになにかできるだろう。製品の価格変動を危惧する声もあるが、これについては私は専門外。一応長髪の商者に値崩れを起こしたりしないように流通量調整してとは言付けしてあるので、まあうまくやってくれると信じよう。駄目なら私も出張ります。

 

種を蒔く時期、肥料の量、水はけ、土の見方、雑草取り、収穫、保管。やることも気にしなくてはいけないことも多いが、ざっくりとではあるが一通りを抑えてある。ハルツさんの分析では、これをちゃんとやることができれば収穫量を数割上げることができるらしい。数割というのは決して馬鹿にはできない。そして個人的には、この見積りも甘い気がする。衙堂はもちろん収量増の努力をしてきていたが、多くのハードルのせいで上手くいっていなかった。例えばノウハウの欠如。あるいは誤った経験則。そういうものを排せるだけの根拠が一応ついている。収穫量の変化のグラフだ。これに先んじて、収穫量が増えた地域についての噂を衙堂や商会経由で流すという非常に悪どい情報戦略が採られている。向こうの村で何やら変なことをやっていたが、どうやら収穫が増えたらしいぞと聞けばまあ試してみたくはなるだろう。

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