図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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輪転印刷機

「お集まりの皆様、本日はお越し下さりありがとうございます」

 

そう丁寧に言うのはそれなりに整った格好をした「時勢」編集長。彼に向けて軽く拍手をするが、周囲の商者とかからはあまり反応がないどころか冷たい視線を感じる。おっと、これはあれだな。ジェスチャーのミスだ。

 

「ケト君、私がさっきやったことの意味は?」

 

「演劇と同じと考えていいのであればそうですね、『お前の演技は期待できないから舞台より降りろ』と言ったところでしょうか」

 

「へえ、最悪だ」

 

「えっわかっててやった挑発ではないんですか?」

 

「私がそこまで底意地悪いように見える?」

 

「聞こえてるぞ、そこのおふた方」

 

ちょっとした台に乗っている彼がこちらに指を二本向ける。

 

「あー、じゃあキイ先生もこうおっしゃっていることだし、昔のやり方にするか」

 

彼は髪を掻き分け、少し荒れた感じにする。最初に出会った時の、あの不敵な青年の姿がそこにあった。

 

「今日、俺らは印刷を新しくする。今までの印刷は刷るたびに毎回毎回、紙を交換しなくちゃいけなかった。版に無駄な時間ができていた。墨を塗って、紙に押し付けられるまでに、無用な持ち上げられる時間があったわけだ」

 

勢いがあり、ちょっと乱暴だが、しっかりと聞き取れるいい声だ。というかあれだな、相当練習しているな?最初ケトと会った時ごろに声の良さに驚いたのも懐かしい話だが、修辞学の応用みたいなものとしての演説術がある。ここらへんはちょっと複雑だ。言葉を知り、それを活かして相手の心を動かし、それをもって信仰を示す、みたいな。文法学と修辞学まではわかるが、その先に万神学があるというのはちょっと奇妙な気もする。

 

「人間と違って絡繰は休息しなくていいのが利点だ。つまりは、もっと絡繰に任せればいい。そのためにどうすればいいか。気がついてしまえば簡単なことさ。版を丸めればいい」

 

そう言って彼は、機械の脇についていたペダルを踏み込む。大きな鋳鉄製らしきはずみ車が周り、円筒形の版が回転し、紙が吐き出されていく。

 

「一日に数万枚を刷れる代物だ。報知紙に、多く作らねばならぬ本に、あるいは他の分野でもいいが、これの利用可能性は広い」

 

輪転印刷機……とはまた微妙に違うか。紙がロールではない。ああでも回転する版があれば輪転印刷機でよかったんだか?とはいえ、この版が上手いな。紙型だろう。活字の上に湿らせた紙を乗せ、圧力をかけることで紙に形を写し取る。それを曲げて、活字合金を流し込んで丸い版を作って、回転する円筒にセットする。下の方で紙を接させることで印刷をし、上の方でインクをつける。実によくできたシステムだ。私が関与していない機構が色々と組み込まれている。紙送りのところは特にそうだ。リンク機構で場所がずれないようにされた状態で一枚ずつ紙が入っていき、滑らかに出ていく。

 

「……素晴らしい」

 

思わずつぶやいてしまう。周りの視線がこちらに向いた気もするが気にするものか。今までの印刷は手書きの代替に近いものがあった。私が作った印刷機の核心は文字版の利用によって版を作る手間を軽減したという点が大きい。つまり少部数製作は楽になったが、大量印刷に伴うハードル自体は余り変わっていなかったのだ。私のいた世界では産業革命のころにこういう機械が生まれたが、色々と変な方向で技術を発展させた結果ここで生まれるとは。もちろんそういう話を昔したことがあったのでいつかはできると思っていたとはいえ、まさかこのタイミングで合わせてくるとは思っていなかった。

 

「さあて、金の話といこう。今『時勢』の財政は酷いことになっている。これを作るために相当な金と時間と人を使ったからな。ただもしここで終わってしまっては、この機械を活かすことはできなくなるんだよなぁ。特殊な版の作り方を知っている人はそう多くない。これを真似するのも決して簡単じゃないわけだ」

 

ああ、なるほど。酷い話だ。こんな出資の要求があるか?

 

「そうだね、『総合技術報告』からの印刷を頼めるか?」

 

「どれほどだ?」

 

頭の中で急いで計算をしていく。衙堂がハルツさんの本に出せる予算と、印刷コストと、流通とを色々割り引いて、それでいて今のコストよりは下げて、かつ向こうに利益がある程度、となると結構難しいものだ。

 

「三大型表裏印刷一枚につき銅三枚」

 

今の印刷相場の半分とはいかないが少し割り引いた額。とはいえ、自動化しているのであれば十分利益が出るだろう。

 

「なら一台買わせてもらおうか」

 

別の男性が声をかける。

 

「構いませんぜ。ただし価格は銀二千」

 

「買った」

 

ええと、十年ちょっと分の賃金といったところか?それなら数年で元が取れるか。

 

「どうも。支払いについては後でやろう」

 

「資金を提供しよう。利息は年五分でいい。返すのも相当先まで待とう」

 

おっと、かなり気合い入れてるな?額と返済年数を考えると普通に悪くない投資である。

 

「幾ら俺らに賭けるんだい?」

 

「銀二千五百」

 

「もう一声」

 

「二千八百」

 

「よし!」

 

騒がしくなってくる。話が盛り上がり、契約が始まる。証人を呼んでこようなどとしていたら司士であるケトが手際よく動いていた。利益相反とかがあるんじゃないか?と思ったがまあ別にそこまででもないしいいか。あとはこれは正式な衙堂の仕事ではない気もするが、司士というのは独自の判断権が付与されているのでこういうこともできるはずだ。ここらへんは私の感覚と食い違うんだよな。ちゃんと責任をケトが負うわけだからバランスとしては間違っていないのだけれども。

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