図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

275 / 365
第23章
追懐


かつてひ弱な女性と少年が歩いた道を、それなりに体力がついた私とかっこよくなった青年が歩いている。ちょっと今日は冷える。緯度もあってそれなりには暖かいのだが、外套があるに越したことはない。

 

「この調子なら予定通りに到着できそうですね」

 

私の持つ地図を横から見ながらケトが言う。今歩いているこの道はそれなりに重要な街道なので、最近測量がされたのだ。安全保障の観点からちゃんとしたものは見せてもらえないが、方角と距離がわかるだけでもそれなりに助かる。とはいえまだ三角測量の大々的導入までは進んでいない。ここらへんはまだ必要なノウハウの蓄積が足りていないというのもあるのだろう。世界地図、早くできて欲しいものだ。そうすれば色々な計画がやりやすくなる。世界征服を企む時に、後ろにある地図に欠けがあるのはあまりいいものではないしね。一応航空機とか人工衛星とかで撮影することもできるが、まだハードルが高い。飛行船とかなら行けるかもしれないけれども、そこまでのコストをかける価値がこの時代にあるかはちょっとわからないですね。

 

「ま、私はハルツさんのところについたら数日身体の痛みで寝込みそうだけど」

 

身体の衰えと筋肉の発達が均衡していて、ここ数年はそれなりに思い通りに動ける。たぶん肉体的にどうにかなるのは十年もない、か。私は決して恵まれた肉体を持っているわけではないし、むしろ非力な方だ。ケトみたいにしっかりと筋肉がついているわけじゃない。ケトは小柄に見えるけど、私を持ち上げるぐらいならできるだろう。私?んー、ケトを背負うぐらいならなんとか。それ以外の持ち方をすると多分無理。

 

「もっとちゃんと動いたほうがいいですよ」

 

「わかってはいるよ。最初にあった時からするとかなり筋肉もついたはずだし?」

 

「……まあ、あの時の身体は柔らかかったですけれども」

 

「そっか、移動させたんだよね。というか私はどういう状態だったの?」

 

「旅の人が運んできたんですよ。その人は急用があると言って去ってしまいましたが」

 

「なるほどね。で、私はどれぐらい寝ていたの?」

 

「丸一日ぐらいです」

 

「……なるほど。その間に手当をしてくれていたのか」

 

そう言えばこの時の話をケトとしたことがなかったな。本来ならそういう話をするべきタイミングでやっていたことは疑問代名詞の特定とかだし。

 

「服はどうしたの?」

 

「着ていなかったそうです。奪われたりしたのかもしれませんが……」

 

「ん、まあ確かにあの時の服はこっちでは決して安くはないだろうからなぁ」

 

木綿100パーセントの長ズボンとTシャツ、あとショーツだっけな?合成繊維ではないからオーパーツにはならないはず……、いや染料があれだな。まあそれが分析できるようになる頃には合成もできるようになっているからいいいか。

 

「そんな特別な服だったんですか?」

 

「機械織りだから、目が詰まっているんだよ」

 

「ああ、それなら納得しました。布は目を細くするほど手間がかかりますからね」

 

「そういうこと」

 

……今から考えると、当時十代後半ぐらいの少年に私の裸はどれぐらい刺激的だったのだろう。確かに裸自体に対する羞恥はないがあくまでそれは見るだけであって、触る時は別だろうし。ここらへんはまあ、別に本人にわざわざ聞く必要もないか。私だって思春期の色々を掘り起こされたら衝動的に死を選んでしまうかもしれないぐらいのものは持っているわけだし。

 

「手当ては一人で?」

 

「そうです。あの時はハルツさんが半月ほど出かけていたので」

 

「出かけることってよくあるの?」

 

「僕が小さい頃にはあまりありませんでしたが、声変わりする前にはもう留守にすることも多かったですね。少し変なところにある衙堂なので、あまり人は来ませんでしたが」

 

「あれ、じゃあ私を連れてきた人は?」

 

「……何なんでしょうね?」

 

「ま、ここらへんはあまり考えなくていいか」

 

「……すみません」

 

「何が?」

 

「嫌なこと、思い出したりしませんでしたか?」

 

「確かにここに来た時は大変だったし、苦労したし、もう一度経験したいとは思えないけどさ。それでも楽しかったし、ケトくんに会えた」

 

「僕、ですか」

 

「そう。私がここで何かをするとしたら必要な条件を満たした人だったしね」

 

知識と適応力があって、私をちゃんと見てくれる人。かつての世界では、実はあまり出会えなかった。知識がある人はいっぱいいた。適応力もそれなりに。けれども、私をちゃんと見てくれる人はそういなかった。……いや、違うな。多分いたんだ。私が見られていることを意識していなかっただけで。ちょっとなんか嫌な気分になってきた。お腹が空いたのかな。

 

「ちょっと休まない?」

 

「もう少しで宿にする場所ではないですか?そこまで行ってしまいましょうよ」

 

ケトが指を指したポイントを見て、私は何だったかなと記憶を探る。

 

「ええと、どこだっけ?」

 

「前に泊まった衙堂になりますね」

 

「あそこか」

 

老司士がいたのを思い出す。あの人も確か図書庫の城邦に長くいたんだよな。今なら色々な話ができそうだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。