少し離れたところで、ケトとハルツさんが抱き合っている。再会というのはいいものだ。私にはしばらくできそうにないが。確かに戻るところがあったほうが良いのかもしれないが、私にとってこの世界でそういう場所があるとしたらケトの隣か、あるいはハルツさんのところだ。つまりは今である。とはいえ邪魔しちゃ悪いよな。
なにか色々話し合っている様子である。聞き耳を立てると成長とか健康とかについて色々ハルツさんが言っているらしい。母親かよと思ったがそうだった。血の繋がりはなくとも、与えた影響はかなりのものだろう。私よりも長い付き合いなわけだし。ええ、別に嫉妬とかそういう感情ではないですとも。
まあそうやって二人の会話が落ち着くのをぼんやりと待っていたら、のすのすとハルツさんがこちらに近づいてきた。
「キイちゃんも、大きくなって」
そう言ってハルツさんは私の肩をバシバシ叩く。
「身長でしょうか?」
もちろんこれは冗談。なおケトは成長したとはいえ、まだ私の背丈を越してはいない。ハルツさんの背は超えた。一応私はこの世界ではそれなりに背が高い方なのである。
「風格よ」
ハルツさんの手の指にできたペンだこを見るに、私と同じぐらいの量の文章を書いていると考えられる。……この場所で?ふんだんに紙を使える私と同じぐらいに?何かがおかしいと感じる自分と、まあハルツさんだからなと思っている私がいる。別にハルツさんとそう長い付き合いでもないんだけれどもさ。
「……キイ嬢、ようこそ第四区第八小衙堂へ。まあまずは中へ。寒いでしょう?」
「お気遣いに感謝します、ハルツ嬢」
私とハルツさんの会話の口調が変わったのに気がついたらしく、ケトがなんかため息をついている。
「どうしたの?」
「いえ、なんか面倒事が起こりそうな気がして」
そんな私が人と関わると何かしらの厄介事を起こすようなこと言われても心当たりがありすぎて困ってしまうんですが。
「ケト、私が久しぶりに会った友人に酷いことしたことなんてあった?」
おっとハルツさんはふてぶてしさがあるな。ケトが指を折って数え始めたので私とハルツさんはすっと目を背けた。いや別にハルツさんが聖人だとは思っていなかったし、十代の頃までしかいなかったはずの図書庫の城邦で名が知られていた事を考えると相当性格が悪い、言ってしまえば私の同類みたいな存在だということはわかっていたがこうやってケトが堂々としてくるとちょっと、ね。
「ああ、これが作ったものです。全部刷るのは時間的にも内容の精査という面でも困難だと判断されたので、こうなりました」
そう言って私は話題を変えようと鞄から荒い紙で刷られた冊子を渡す。
「大きさの選定理由は?」
ハルツさんは興味深そうに紙をめくりながら言う。
「持ち運びができるように、という点ですね。巻いてしまうと見たいところが見れませんし、こういう構造なら大きな紙に刷ってから切って折って縫ってとすればいいので、時間がかからないわけです」
そんな会話をしながら私とハルツさん、あと後ろからついてくるケトは応接スペースみたいなところに入る。
「お茶、出す?」
「飲みます。あとそうだ」
私はケトに目配せをする。
「土産です」
それに応じてケトが包みをすっとハルツさんに差し出した。
「何かしら」
そうわくわくしたように言いながらハルツさんが包みを開け、箱の中から紙で包まれた品物を取り出す。手付きが丁寧なんだよな。こういうところから資料を扱ったことがあるかがわかると言っていた先生を思い出す。
「……なかなかいい品物なんじゃない?」
「応接に良いかと思いまして」
ケトが言う。切子に近い細工入りのものだ。なお研磨装置も旋盤で作ったものである。これのお陰で足踏みとか水車とかで滑らかな研磨面を容易に作れるようになったので、作業効率とかがかなり上がっている。かわりに私が紙製防塵マスクの開発案を出すことになったが。労災が起こるのは仕方がないが、発生を知っていて放置するのは倫理上問題が多すぎるんだよ。
「うん。気に入った。これなら色がいいやつを選んじゃおうかな」
「どういうものがあるんですか?」
私が聞く。
「小果と炒り麦を混ぜたもの。酸味があっていいのよ」
「なるほど」
「ちょっと待っててね、沸かしてくるから」
「やりますよ」
「ケト、お客さんは待っていなさい」
「……はい」
ケトは少ししょぼんとして座った。ま、ここはお言葉に甘えましょうか。