図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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速度

「……まず、何から話せばいいですかね」

 

私は深盃を空にして呟く。おいしかったな。

 

「やってきたことが多いですから、何を聞きたいですか?」

 

「そうね……例えば、なぜその行動をしたのか、とか」

 

ハルツさんはちょっと嫌なところをついてくる。確かに私の行動にはある程度一貫した物があるが、ケト以外にはちゃんと話していないし私だってちゃんと自覚しているわけじゃない。

 

「具体的な行動を一つ挙げてくれれば、説明しますよ」

 

「そうね、なら無線通信について」

 

「……ハルツさん、それはどこから聞いたのですか?」

 

「古い友人からよ」

 

ケトの質問にハルツさんは表情を変えずに答える。ああ、ケトが警戒しているのがわかる。ここはできるだけ流すべきなのだろうが、まあ私だってちょっと肩に力が入ってしまっているな。深呼吸。

 

「情報のやり取りの速度は、様々な点で重要だということの説明は必要ですか?」

 

「不要よ。進軍、取引、謀略、反乱。どれにとっても正しい情報をできるだけ早く手に入れることは大切だものね」

 

きな臭い分野ばかりを挙げてくれちゃって。ま、確かにそういう方面の応用は可能だろうし、勘のいい人は着手しているだろう。特に無線通信は何かを敷設しなくてもやり取りができて便利だし、そこらへんが応用される可能性は高い。私の想定した通りに学術研究システムが機能すれば、ジャミングに対する周波数ホッピングまで到達するのにそう時間はかからないだろう。対抗策がいたちごっこになれば技術発展がおまけで生み出されたりするし。

 

「……情報のやり取りができる速度は、支配権を決定します。古帝国の崩壊理由の一つが、馬の消失であることはご存知ですか?」

 

「ちゃんとは読んでいないけれども。『我々は馬に跨って地の果てよりやってきた。さあ、共に手を携えて大きな事をなそう』でしたっけ?」

 

古帝国が平和的に統合をしようとした時の自己紹介みたいなやつ。なおここで反抗すると大変なことになります。大抵はそういう噂のほうが古帝国の版図拡大よりも速かったのでそれなりに併合というか支配下というか影響下に入った。この騎乗動物についての資料は少ないが、角があったというので多分私の知っているウマじゃない。骨格とかあればわかるのだが。多分何らかの理由で私の世界におけるウマのニッチを占めた動物が家畜化されて騎乗動物として活用されたのだろう。

 

だが、その動物はなぜか消えた。理由は文献の中からは確認できなかったが、どうやら出産についての問題があったらしい。これは私の妄想に近いものだが、品種改良の結果専門家の助けなしに分娩できないほどに家畜化されたのかもしれない。蚕みたいだな。

 

「通信の速度が保てなければ、一体となることはできません。緩やかな繋がりであれば他の工夫で維持できますが、それでもやり取りが高速であるに越したことはありません」

 

「わかるわ。……それで、それを作って何をしたかったの?」

 

「やり取りされる情報を増やしたいんですよ。今はまだ声を送る程度しかできませんが、適切な機構と組み合わせれば本を送ることだって可能になるでしょう。海を超えて、船よりも速く情報を送ることができればそれだけ様々な変化を生むことができます」

 

「……つまり、キイちゃんは変化を望んでいるわけ?」

 

「ええ」

 

「……それが、どういう方向に変化するかを制御することなく?」

 

「例えば大戦乱であったりといったものを危惧しているのですか?」

 

「ええ」

 

「起こるものは起こるでしょう。それにたどり着くのが多少早くなるとしても、それは解決をも早めているのですから」

 

半分は欺瞞。そもそもランダム化比較試験が困難な事象なのだ。エビデンスを用意するのも楽じゃないから、私の意見は口からでまかせに近い。反論不可な内容を提示するのは良くないと思うけれどもね。

 

「……変化というのは、常に犠牲を伴うわ」

 

「なら今の状態を見過ごせと?飢えのせいで乳を出すこともできず子を亡くす母の嘆きを、仕方のないものだと諦めろと?」

 

「戦火で家と家族を喪った娘の嘆きと、どちらが悲痛に聞こえる?」

 

んー平行線。ここは別方向のアプローチが必要かな。

 

「例えばですよ、ある薬の作り方がわかったとします。それを伝えて、実際に各地で試して、結果を確認しなければ大々的には使えませんよね」

 

「ええ」

 

ここまではハルツさんとも合意が取れた、と。

 

「その時に、情報のやり取りの速さはあらゆるところで効きます。結果、問題の把握から解決までを短期間で行えるようになるわけですよ」

 

「問題の拡大の速度も同時に上がると思うけれども?」

 

「全ての問題が情報のやり取りで起こるわけではないですし、そういった問題を抑えることは十分に可能でしょう」

 

「なら、抑える必要があるわね。何が必要?」

 

私はここで少し考え込む。実際に問題を把握し、事前に防ぐか、あるいは発生した問題を解決するまでの準備を整えるために何があればいいだろうか?専門家?言うのは簡単だ。考えなくちゃいけないのはその先。どんな専門家を、どのように揃える必要があるか、だ。私一人では不可能だし、多分今の状態では人的資源が足りないだろう。ここらへんは、ちょっとハルツさんと話しながら考えていくか。

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