図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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教育

「……問題を解決するための流れ、を一旦まとめましょう」

 

私は紙と硝子筆(ガラスペン)と墨入れを取り出す。

 

「まず問題を把握する必要があります。そしてさらなる調査を行い、問題の本質を把握します。解決のために必要なものをそろえ、実行し、成果を評価します。もちろんいくつかの例外はあるでしょうが、ここの流れは変わることはないかと」

 

「最後に評価を入れるのは大切ね。それで?」

 

「必要なものを考えていきましょう。まずは問題を把握する能力。問題は大抵、何らかの変化として現れます。天候の不順、市場での値上がり、あるいは各地での治安悪化。それらを他の細かな変化とは違う、特別なものだと捉えるためには蓄積された記録と適切な分析手法が必要になります」

 

「記録の方は、ものによっては衙堂が持っている。分析手法についてはキイちゃんの得意分野よね」

 

「別にそこが専門というわけではないんですがね。農業報告にもあったように、『基本の値』と『そこからどれだけずれていがちか』の二つを基本に様々な情報を得ることができます。これは数字の羅列を意味のある言葉に変えていく段階、と言えるでしょう」

 

ざっくり平均と標準偏差の話である。対数表のお陰で二乗の計算もそう難しくはなくなったのもあって、そこらへんは決して難しいものではなくなったはずだが、まだ慣れ親しんだと言えるほどの人員はいない。

 

「……なるほど。『数字』なら、比較的楽に用意できるわね」

 

「そうでもないんですよ」

 

私は首を振る。

 

「例えば、暑い寒いを記録することはできるでしょうか?」

 

「……日誌とかでもあまり記録されている気はしないわね」

 

「雨や雲の量なら記録できても、温度や湿り気についてはまだちゃんと『数字』にはできないわけです」

 

「雨の量だって、ちゃんとは計測しないわよ?」

 

「降ったら1、晴れたら0でもいいのですよ。そこから『基本の値』を出せばどれぐらい雨が降るかの見当がつきます」

 

「なるほど。続けて?」

 

「適切な測定装置があれば、これらを測定して数字にして、問題を把握する助けにできます」

 

「……質問してもいい?」

 

「大きく脱線しないのであれば」

 

「その集計ができる人、どれぐらいいる?」

 

「……まだ、百人はいないでしょうね」

 

「そんなにいるの?キイちゃん以外できないのかと」

 

「ケトもできますよ」

 

一応入門書みたいなものも出てはいるがまだ洗練されていないし、理論に注力しているので実用的ではない。そこらへんの問題は需要があれば多少は解決されるだろうが、時間がかかる。

 

「わかった。戻しましょう。ええと、次は解決のために必要なもの、ね」

 

「とはいえこれは問題によって大きく異なるわけです。それを誰が決定するのかについても複雑ですが、まあここの部分はそれなりになんとかなるでしょう」

 

「いいえ」

 

ハルツさんが少し強めに否定してくる。

 

「それができる人は、とても少ないのよ」

 

「そうですか?私が図書庫の城邦で会った人の多くは、完璧ではなくとも問題を把握できれば対処できるように思いますが」

 

「……図書庫の城邦に、どれだけの範囲から人が集まっていると思う?その中のほんの一握り、選ばれた天才たちが可能でも、例えば地方の衙堂にまで、そういう人を用意できる?」

 

「問題は人間、ですか」

 

「そう。そこについて、キイちゃんはちゃんと考えている?」

 

痛いところであるが、そう簡単に解決できるものではない。確かに印刷物管理局局長時代に公教育についての話はしたし、各地の衙堂に印刷で作った教本が出回っているとは聞いている。それをハルツさんが知らないとは思わない。ただ、それでは足りない、と。

 

「必要な知識は、かなり多岐にわたるでしょう。それをできるだけ簡易に教えられるようにしなければならない。できれば、一人ひとりが文字を読み、学び、そして自らの考えを記せるぐらいになることが望ましいと言えるわけですが……」

 

「『教育不要論、あるいは幸福な社会について』とは真逆の意見ね」

 

また懐かしい偽書のタイトルを。

 

「あれの作者を知っているんですか?」

 

「さあ、けれども古い知人はあなたの名前を挙げていたわ?」

 

「……その知人、ツィラって名前だったりしません?」

 

「さあ、あの子は昔っからころころ名前変えるから」

 

この反応からすると、まあ半ば予期してはいたが図書庫の城邦における諜報組織との繋がりまであるのかよ。なんだこの人。というかこの人のもとで育てられたにしてはケトは健全に成長したものだな。

 

「人を育てる場所が必要です。方法の一つは頭領府にでもそういう学舎を作ることですね」

 

ノリは政策研究大学院大学だ。とはいえ図書庫の城邦は地政学的に色々とあるので、単純な「国益」よりもシンクタンク的機能やネットワークのハブ、あとは特殊技能を学ぶ場として作るのがいいかな。

 

「あとは今の衙堂の教育方向を変え、他人を教えることのできる司士や司女の育成により注力することも考えられます。学んだ後に地元に戻って、というのはよくあることですがそれを制度化してしまうのは一つの手かと。そうすれば、地方の優秀な人材を図書庫の城邦という環境に送ることができます」

 

師範学校に近い。もちろんそのデメリットも知っているので色々と調整は入れるのだが。

 

「私から言えるのはそれぐらいでしょうか。」

 

「わかった。前者についてはお願い。後者は私が動く」

 

なにかハルツさんが恐ろしいことを言った気がするのは、隣のケトの表情を見るに間違いではないのだろう。

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