「……いいもの、ですね」
ケトもわかるらしい。
「そりゃあ五年ほど寝かせたものだからね」
んーかつての世界でのアルコール飲料についての記憶は結構いい加減だからなぁ。あまり飲む方でもなかったし。
「それじゃ、ケトとキイちゃんの無事と、これまでの恵みに」
「乾杯*1」
「乾杯!」
静かに言う私と、ちょっとわくわくしているらしいケト。あ、このお酒かなりアルコール度数が高いな。かなり甘いが麦蜜ベースだろうか。酸味は果実由来?木っぽい味わいもあるし、漬けられていたのかも。美味しいお酒なのは間違いない。具がいっぱい入った煮物もおいしい。
「……ケト、帰ってくるつもりはない?」
「ごめんなさい、あとしばらくは城邦のほうにいたいですね」
ハルツさんの質問に、ケトは少し申し訳無さそうに言う。
「残念。ここでしばらく一人で誰とも話せず頑張りますかぁ」
「話せるんじゃないですか?」
「気がつかれた?」
笑うハルツさん。
「え?」
「無線機ぐらい、ハルツさんなら手に入れているんじゃないですか?」
「一応はね。緊急用だからあまり使っていないけれども」
私とハルツさんの会話にケトが驚いているようだ。
「……待って下さい。無線機ですよね?」
「そう。キイちゃんの発明の一つ。電気で生み出した波で声を送る……」
「違いますよ。あれは頭領府からの命令とまでは行きませんが『お願い』があってそれなり以上に管理されているはずです。図書庫の城邦から持ち出すのでもあまりいい顔をされないのに、ハルツさんのところに何であるんですか。というよりキイさんは何であると思ったんですか」
「そりゃあ……存在を知っているなら、手に入れたくなるでしょ?知り合いがいるならそれぐらいはできるだろうし」
どんなセキュリティでも、見張りを見張る人がいなければ脆いものである。一応国立産業技術史博物館のセキュリティについては一通り知っていたのだ。私がその後の経歴と追跡の問題さえ回避できるなら、展示品を盗み出すことだってできる。倉庫の中の品物ならもっと簡単だ。書類を何枚か作ればいい。入退出管理のセキュリティコードだって電話番号の……いや、これ以上は流石に秘密保持とかのあれこれに引っかかるし、もうちょっと記憶が怪しくなってきている。なお人感センサを回避するのは面倒なので昼間堂々とやるべきだと思います。
「……ハルツさんは、何をやったんですか?」
ケトの質問に、ハルツさんはゆっくりと唇から深盃を離す。
「……過去の話。ケトが生まれるよりも前のこと。少し、図書庫の城邦で事件があってね」
アルコールの混じった息を吐いて、かつての司女見習いはゆっくりと話し出す。
私がこの世界に来た時、ケトは私のことを何らかの理由があって逃げてきた人ではないかと推測していた。まあ現実からの逃避という点ではそう間違いではないのだが。
……で、まあつまりは、逃げてきて司女見習いとなった若い女性が外部の人に手を出されたことがあったらしい。ハルツさんの後輩にあたる人だったようだ。で、当時司女の持てる権力というのは司士と比較してあまりなかった。明文的なものではものではないが、慣習として。しかし、当時のハルツさんは多分野の知識を持って、それなりに将来を期待されていた司女だっために知り合いも多かった。それをもとに、一年経たずで彼女は頭領の前に立つ。あ、この頭領は今の頭領の父に当たる人。その頃に今の頭領は頭領府で下積みをしていた。
要求は単純であった。ただ一つの事項の確認であった。司士と司女に法的な取り扱いの違いはない、ということ。
もちろん、実態は違った。明文化されていなかったのは、ただ単に現状を反映する必要がなかったからだった。体制側というか、システムとして見るならば彼女のやったことは攻撃に近い。仕様の穴を突いた権利の宣言だ。
彼女は、それなりに根回しをしていた。もし頭領が違いがあると言えば、衙堂が有形無形の反乱を起こすようになっていた。多方面から、頭領の耳に入るような噂を流していた。
結果、彼女は力を手に入れた。しかし、それは同時に面倒なことを色々と引き起こした。頭領府と衙堂の間の反発であるとか、もとの手を出された司女見習いの自殺未遂とか。ここについては、まだハルツさんは語りたくないらしい。
混乱の責任を取る必要が生まれた。だから、ハルツさんはここに来た。本来ならあったはずの出世の道はなくなり、小衙堂の一司女として働くことになった。
「まあ別に出世なんてしたくはなかったし、ここでの暮らしも案外性にあっていたけどね。それでも、私は各地の司女を繋ぐ役割をやっていた。図書庫の城邦の中に地方の事を伝えている人は私以外にもいるけどね」
……まあ、あまり面白い話ではなかった。悪を倒してみんな幸福、なんてものではない。むしろハルツさんがその司女見習いを慰めていて、何もなかったかのようにしていれば問題はなかっただろう。しかし彼女にはそれができなかった。そして、大事にするだけの力があった。
「その年齢でそれができたのなら、図書庫の城邦にいればもっと多くのことが……」
そう言ったケトにハルツさんは視線を向けた。
「私は、これで良かったの。ケトを育てられたしね」
彼女の言葉は、たぶん本心からだろう。