図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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嫉妬

「……こんなところですかね」

 

話し終わったケトが寝台に倒れ込みながら言う。

 

「まとめてみたけど、どう?」

 

私は紙をケトに渡す。

 

「……あ、伝え忘れていました事がありました。軍事分野についての協力を外征将軍から取り付けました」

 

「……ハルツさんの紹介状を使って?」

 

「ええ、まあもともと通信機とかにも興味を持っていたようですし。比較的友好的にできましたよ」

 

「信じるよ。で、ええと、他の部分は?」

 

「前の長卓会議で仕込みは済ませてあります。新規事業に関係する人員を一ヶ所にまとめるのは悪くない手段であると頭領府上層部の意見も一致していますね」

 

「……ねえ、ケトくん」

 

「はい」

 

「私が報酬として君に渡せるものはある?」

 

「衣食住と、知識」

 

「……そういう意味ではなくて、さ」

 

「……僕を信頼してくれて、必要があれば手を貸してくれる人」

 

「私は、そうなれてる?」

 

「十分すぎるぐらいに」

 

「よかった……じゃなくて、もっと、こう……」

 

「正直ないんですよ。仕事は楽しいですし、むしろキイさんには僕を止めてほしいぐらいです」

 

「うーん、止めたくないなぁ」

 

「なら、燃え尽きた時には抱きしめてくださいよ」

 

「いいよ、というかいつもしてない?」

 

「そうですよね……」

 

ケトの弱々しい声を聞きながら私はケトから回収した手元のメモに視線を移す。今図書庫の城邦で動いているいくつかのプロジェクトは、概ね人員の問題で止まっている。頭数はともかく、その計画を実際に実行できるほどの知識と技術と経験を持つ人材がいないのだ。本来であればそれでも手探りで進めるべきだろうが、どういうわけか約一名以上な人材がいる。その人を教育係にすればいいんじゃないの?という計画がなぜかいくつかの場所から出回って、賛同を集めているのだ。

 

ネタバレ。ケトが裏で手を回しています。そもそも進んでいるプロジェクト自体も私が書いた提言に基づくものだし。品種資源の集約を目的とした農業研究所とか、もろにそうだ。重要性はわかっても、必要な資源を割り出すのはまた難しいのだ。そうそうでかい機関をそんなすぐ作るなんてできないんですよ。例えばほらあの理化学研究所だって4年かかってるし。いやたった4年と言うべきなんですがね?

 

しかしこの世界は結構いいところだ。ちゃんとビジョンを示せば、資金と人員を援助してくれる人は多い。まあ中には狂人としか言いようがない人もいるのだが。例えば長髪の商者なんかは最近鋼鉄の輸入を「鋼売り」と手を組んで相当うまくやってウハウハらしい。今までの価格の数分の一で、まだ少量ではあるが流通が始まっている。まあこれについて価値の急激な変化とかそれに伴う社会的混乱が危惧されていて、それへの対処法を考える組織を作るべきだとの声もある。というかケトがちょっと後押しした。こうやって考えると私たちが与えている影響が大きい。

 

「とはいえ、私たちと同じ目線で話せる人が増えるのはいいことでは?」

 

「んー……」

 

ケトの悩ましげな声。

 

「……嫉妬?」

 

「否定はしませんよ」

 

「ちょっと嬉しい、って言ったら変に思う?」

 

「……意外、というほどでもありませんね。変な納得があります。言葉にしにくいものですが……」

 

「ま、私もその手の感情には不慣れだからさ。できればちゃんと言葉にならないようなら、しまってくれたほうが嬉しいけど、いやでもちゃんと聞いたほうがいいのかな……」

 

「難しいですねぇ」

 

「難しいよ」

 

「それはともかく、今度関係者を集めた会合をします。キイさんの予定を開けてください」

 

「私の予定はケトが管理しているでしょ?」

 

「なら勝手に入れますね。トゥー嬢との先約があったとか言っても知りませんよ」

 

「いや言わないけど……なんでトゥー嬢?」

 

「仲いいじゃないですか、あの人と」

 

「まあ、天才だからねぇ」

 

薬学師トゥーヴェ。図書庫の城邦における薬学において、私のアドバイスをベースに一気に色々と発展させた人。アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエの水準には追いつきつつある。もちろん実験の不足と蓄積された経験の欠如があるが、それを加味しても私の知る歴史にいたら化学史でそれなりに重要な役割を果たしていたはずだ。

 

「……僕は、そうじゃない」

 

「正直に言えば、それは正しいよ。けれども、政治的能力については彼女よりケトのほうが上だ」

 

トゥー嬢は引きこもったような環境で、地味な研究を続けていた。必要があれば、父の遺産を引き継いで図書庫の城邦における反頭領派の重鎮になることぐらいはできただろうに。けれども彼女はそれよりも薬学への興味を選んだ。まあ、それについて私はとやかく言える立場にない。

 

「……僕は、キイさんにとって大切な人になれていますか?」

 

「もちろん。必要不可欠と言ってもいい。もしケトがいなければ、私は理想を並べるだけの無力な人間にすぎないよ」

 

「……キイさんにとって、僕は、特別ですか?」

 

「自分の価値みたいなものについて悩んでいる?」

 

「……はい」

 

私は紙を置き、灯りを消す。

 

「……君と一緒にまどろみに落ちるのが好き。これで、いい?」

 

「そういう方面での特別は……まあ、嬉しいですけど」

 

そう呟くケトの隣に私は横になり、毛布をかぶった。

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