図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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問題

「まあ、名前を使うこと自体は問題ない。そういう家業だからな」

 

はい、今日の仕事終わり。いや冗談ですって。こう言っている外征将軍には晩餐会とかの場所を貸して貰う必要があるのだ。

 

「ありがとうございます」

 

「しかし、これはキイ先生の口から確認しておきたいのだが」

 

「何でしょうか」

 

「なぜ、俺を?」

 

目を細めて、遠くを見るように彼は私を見通す。見定め、か。一応ケトとは情報共有をしているが、これは私の言葉で言ったほうがいいか。

 

「前提を確認しましょう。あなたはこの図書庫の城邦で大きな勢力を率いている」

 

ケトに頼んで確認してもらった。正直なところ、私たちはこの派閥からあまりいい目で見られていない。私の知識で利を得たのは、基本的に頭領派閥の人間だ。それらと対立したり、あるいは相性が悪くて別派閥になっている人からはそりゃ面白くないわな。

 

「勝手に人が付いてきているだけだ。もちろん、俺を慕って、頼ってくれる人であれば力を貸すが」

 

「私たちがやろうとしていることは、この図書庫の城邦が将来的に抱える問題を解決できる人の育成です」

 

「そこまではいい」

 

「……問題を解決する訓練のためには、まずは問題を用意しなければなりません」

 

「おいキイ先生、まさか俺らが『問題』を引き起こすつもりだっていうのか?」

 

「ここ十年で各地の戦地を駆け回り、多くの戦場で小さな、しかし無視できない武勲を挙げ、図書庫の城邦への軍事的な干渉を防いでいるのでしょう?何かを起こせるだけの力はありますし、あなたがそれを想定していないとは思えない」

 

この世界で、戦争は広域政治の重要な手段である。敵を作らないという難しい目標を達成するための緩やかな軍事同盟の維持のために、色々な手が取られている。そして彼は、それをやってのけた。

 

「……あくまで、俺は頭領の命で動いている」

 

「あなたは、でしょう?」

 

「……計画だけだ。もし何かあった時に、内部に敵を抱えていた場合の対応。俺は頭領、つまりはあの兄貴を討つだなんぞ考えていない」

 

クーデターというか、政権移行計画だな。もちろん、中には目の前の外征将軍がこの図書庫の城邦を率いるべきだと考えている人もいないわけではないと聞いている。特に軍関係の人であると、今の頭領の平和主義的な、悪く言えば弱腰な姿勢を批判している人も少なくないらしいし。しかしそういう場合によっては危険分子になりうる人をも取り込んで派閥を作っているのだから、この彼も相当できる人物なのである。なにせ図書庫の城邦、つまりはこの世界で一番知識が集まる場所で英才教育を受けていたのだ。

 

「府中学舎では、学徒たちに課題を出すつもりです。若手に長卓を囲ませ、図書庫の城邦の先を自分たちで議論させます」

 

「ほう、なかなか面白い」

 

あ、こういうのは好きなんだ。

 

「そこで、図書庫の城邦に襲い来る危機に対処させます。商業的なものかもしれない、病かもしれない、あるいは内部の不満が燻っているのかもしれないし、どこかが攻めてくるのかもしれない」

 

「……守るのではなく、攻めるつもりで図書庫の城邦の弱点を探すのは俺らのほうが得意だろう、ということか?」

 

「課題のためには、その課題を出す人、解く人、そして判定する人が必要です。解く人は学徒でいい。判定する人は、現場で働いている人を引っ張ってきましょう。これならケト君の繋がりが使えます。しかし、課題を作るには限界があるのです。その手口に精通し、可能性を考え、実行できるように爪を鋭くしている人が欲しい」

 

「そちらの利は、まあある程度わかった。なるほど、仮想とは言え図書庫の城邦を脅かす取り組みをするなら頭領か、それに近い人の援助がなければ難しいだろう。しかし視点の問題を考えると、頭領自身にはできない。そうすると、まあ俺か」

 

「あとは、あなたの力も理由の一つですね」

 

「おいおいキイ先生。俺の『力』はあんたより弱い。もし本気でキイ先生がこの図書庫の城邦の敵に回れば、俺が全力を出しても止められやしないさ」

 

「どうしてです?」

 

「無線、測量、計算。伝令を必要とせず、道に迷わず、必要なだけの兵站を知ることができる軍など、(ずる)いとしか言いようがない」

 

「兵の信頼、規律、質がなければどのような準備も無意味ですよ」

 

「いや、本当に狙うなら数人でいい。適切な時に、適切な人の首を掻き切れば国も軍も崩すことができる」

 

この世界における軍の指揮系統は詳しくないが、優秀な軍であるほど同一の目標に従って動くことができるのはまず間違いないだろう。傭兵の話があるところを見るとある程度独立に動くこともあるのだろうが、そういった集団にも指導者はいて、雇われている以上命令を受けているはずだ。そこを崩すことができれば勝てる可能性が上がる。もちろん、そう簡単なことではないが。

 

「それを見抜いて、兵に無線を操る訓練をさせているのは知っていますよ」

 

これはケトからの情報。商会の実験工房の中の無線部門が独立し、頭領府の予算で図書庫の城邦から少し離れたところにある場所で研究を行っていることは知っている。ケトの調べでは、そこに外征軍の経歴を持った人物が学びに来て、改良を手伝っているという。

 

「……実際のところ、具体的に何をすればいい?戦の時は城邦から出ているから、当然できることも限られるが」

 

「今のところ一番の問題は晩餐の会場ですね、学舎ではさすがに重要な人を集めて話をするのには向いていません」

 

「……食材代ぐらいは出してくれよ?」

 

あ、ケチ。いや払いますけど。

 

「ええ、なら追加で料理人の手伝いを二人ほどつけますか?」

 

「俺の名前で開く晩餐で、主賓が配膳をするのか?」

 

ユーモアがわかるというのは素晴らしい。体育会系かと思ったが、やっぱり教養とかがあるんだな。

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