図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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雑話

ここは「総合技術報告」編集所、もとい妙齢の女性のたまり場。いや私ぐらいの年齢の女性を妙齢と呼んでいいかは二つの面で問題があるな。一つは妙齢という言葉のイメージがかつての世界ではもう少し高年齢側に寄っていたということ。もう一つはこの世界ではもう全員若くないということ。

 

「こうやって集まると妻話*1みたいね」

 

そういう女性は商会の実験工房に務める元司女の研究員。どうやら出世して電気照明のあたりの第一人者になっているらしい。前出された「総合技術報告」への論文では連名だったけど、そろそろ単著も出せるのかな。二児の母。子供が一番やんちゃではしゃぎまわるお年頃だそうです。

 

「私は妻じゃないがな」

 

こう返すのはこの図書庫の城邦で最高の、多分この世界でも最高の薬学師。独身。質量保存の法則やら元素分離やらをやって、私の知る化学史換算で30年ぐらいをここ数年でかっとばした人だ。それも基本一人で。昔はもう少し尖っていたが、最近は角が取れている。それでもあまり人付き合いは好きではないらしいが。

 

「そう言われると私が既婚者みたいじゃないですか」

 

ため息をつく私。独身。ケトとは同棲している。「総合技術報告」編集長にして頭領府府中学舎設立計画の中心人物、でいいのかな。あとなんか耳をそばだてている編集員についてはまあ気にしないでいいか。

 

「違うの?」

 

「実態を考えろ」

 

二人から言われてちょっと自分の状態を考え直す。ケトはもう実質家族である。とはいえ夫と言うのは違うんだよな。弟でもない。父でも息子でもない。いやそうすると枠組みとしては夫が一番近いのか……?

 

「考え込んじゃったわよ」

 

「何他人のせいみたいに言っているんだ……」

 

「ああ、それであれです、頼んだものはできました?」

 

私の言葉に、二人は紙を出す。

 

「こちら、新型の照明の報告」

 

まだタングステンは発見されていないので炭素繊条(フィラメント)だが、寿命が向上している。プリズムによる分光分析つき。というか光学方面も進んではいるんだよな。測量方面で光学装置が要求されて色消し硝子(ガラス)のために前に放物面鏡を設計した商会の若い会計員が働かされているとか。一応旋盤とかリンク機構とか複数の素材を組み合わせる方法とかのアイデアは置いてあるので進捗はあるらしい。というか顕微鏡を作ったのもそれなりに前だし、やっととはいえ商会の型録(カタログ)に掲載されて売られるようになった。

 

「で、これが投影に耐えうる透明膜の製法」

 

厚めのセルロイドフィルムに像を形成する方法。蒸留装置の発展の結果、樟脳がついに見出されたので作れるようになったのだ。なお輸入品であるので高い。

 

「必要経費はどれほどになりましたか……?」

 

「私は商会からキイ先生のためならいっぱい使っていいって言われているし……」

 

「こちらも別に請求するほど資金が足りないわけではないが」

 

「いやちゃんと払わせてくださいよ」

 

「編集長、それどうやって払うんですか?ケト君名義でちょっと多めに引き出されているのであまり使われると厳しくなるんですが」

 

後ろからそう言ってくる編集員。多分ケトが工作費用とかで使っているのだろう。晩餐会って金かかるからな。食事代とか取るのは駄目なのだというから、確かに資金力を見せるために使われるとか開きすぎて破産するとかはわかる。

 

「……ですってよ、キイちゃん」

 

「そうだぞ」

 

うん。この二人仲がいいな?引き合わせた側としては非常に喜ばしいことである。

 

「で、これは何に使うのか……なんて、わざわざ聞く必要もないな」

 

トゥー嬢は私の手元のある紙を見て言う。外征将軍の家の客間の図面だ。

 

「確かにそうね、わかりやすすぎるもの」

 

幻灯機。灯りを用いて絵などを投影するみたいなものはこの世界にもある。とはいえせいぜいが切り絵を投影する程度だ。レンズを組み合わせて綺麗な像を作るということはまだされていない。

 

「光源に電気灯を用いて、図や文字を示すのか。学舎で使えばかなり便利だろうし、銀絵を映し出せるのは面白い」

 

「ああ、なんでわざわざ専用の膜を作ったかってそういうことだったの。そうじゃなければただ薄紙に文字とか書けばいいだけだものね」

 

……ええと、すみません。忘れていました。そうですよね、別にフィルムってそこまで必須でもないですしね。ガラス板に書けるインクとかでもいいわけですし。

 

「……キイ嬢が気がついていなかったみたいな顔をしているが」

 

「トゥーヴェちゃん、そういうのは気がついても言っちゃ駄目よ」

 

天才たちに自分の思考の甘さを指摘されると辛いものがある。本来であれば私はこの二人と並ぶ事はできないような弱い人間なのだ。二人とも、多分将来の科学技術史で薬学の改革者と電灯の研究者としてそれなりに重要な人物になるだろう。私の名前は、本来ならそこにあってはいけないのだ。

 

「そういえばケト君から招待されているけれども、行っていいの?」

 

実験工房の研究者が落ち込む私に声をかける。

 

「是非来てください。面白いものが見られると思うので」

 

私にできるのは、そう言う事ぐらいだった。

*1
だいたい「井戸端会議」と同義語。

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