外征将軍の屋敷はそれなりに大きい。その部屋の中でも一番大きいものの中に作業用の長ズボンと薄い鋼板を入れた安全靴をつけた人々が行き交っている。絨毯を寄せて機材を運び込む横で、ケトは手元の紙を確認していた。
「……まあ、多分大丈夫なはずです」
今日来る人達の名簿。頭領府からの出資は確約されているが、その金額についてはまだ様子見の段階だ。ケトがあの手この手で「お願い」したことで今の時点でも数人の常勤と十数人の非常勤を一年雇えるだけの有形無形の援助が集まっているが、永続的な活動をすることを考えるともう少し欲しい。裏で私が色々と交渉に使えるものを用意はしたが、ケトもなんだかんだで無茶をしている気がする。
例えば大規模な発電機の設置計画ならそれを作る工房の方に「頭領府からも了承が得られている計画で、多くの出資者がいるんです。損はさせないので手伝ってください。あとこれキイ嬢が書いた新装置の設計書です」と言って、頭領府の担当者に「これだけの人が関わる大仕事です。成功すれば関係者からの評価は間違いありませんし、それだけの税が生まれます。その余裕があれば用水路の整備もできますね」と言い、更に出資者に対しては「図書庫の城邦でも有数の工房が手掛け、頭領府からも内々に押されている事業です。あなたの名前が残りますし、最近ちょっと評判良くないでしょう?」と言うわけだ。なおこれを全部並行してやっているのでちょっと綱渡りである。おかげで裏で各種のプランや計画や図面や分析をやる必要があったが、これらはそう難しくはない。
さて、ケトが観客を集めてくれた。役者は外征将軍が担ってくれる。私?舞台担当。
「キイ先生、この荷物はどこに運べばいい?」
「ケト君、ちょっと待って。その箱の荷札は……ああ、これなら後ろの部分に回してくれ。通信線と電源線を繋げられる?」
「まだ電源線が伸びていませんね」
「電気灯の数を考えるとそれなりのものが必要だろう?人力では限界があるし。まあどうしようもなければ配線を切り替えて」
規格化がこういうところにも役に立っている。まあ基本的にはコンセントみたいなものだ。通信線と電源線はどうやっても互いに接続できないような端子形状にしているので事故は起こりにくい、はず。
とはいえ私は指揮をやるだけで細かいところは信頼できる専門家に任せる。そう、やっと信頼できる専門家というのが生まれてきたのだ。専用の編み機を使って糸で被覆した上でサブとラテックスの混合物を染み込ませた高圧用電気配線や、寿命の都合で明るすぎない程度の明かりしか出せない照明とか、まあそういったちょっと弥縫的だがしっかりと動く代物はもう私が関わらなくても発展しうる段階にある。真空管を用いたアンプとマイク。後ろに回したスピーカー。自動化された冷却機。もちろん、これだけの派手なものがあれば来賓は楽しんでくれるが、多分多くの人がその裏を読むだろう。各種機械の加工技術。そこから生まれる新しい産業。そして、その原理を理解して使いこなせる人間の重要性。とはいえそういう人間をどう育成すればいいか、育成された人間をどういうふうに使うべきかについてはこの世界では誰もまだ考えていないはずだ。
「基本的に、私はあまり話さなくていいんだよね?」
私は確認をかねてケトに言う。
「あー、一部技術とか学問の方面でキイさんと話が合いそうな人がいます。そういう人との会話は僕には難しいのでお願いします」
「できないの?」
「できはしますが、大変なんですよ。僕はキイさんほど知識もなければ思考も速くないので」
「……まあ、確かに私のほうが得意な分野は任されたほうがいいか」
「お願いします。代わりかはわかりませんが、取引とか利害調整の部分は僕がやるので」
「それが一番辛いのでは?」
「まあ、なんとかやってみせます。色々と後援もしてもらっているので」
「……そういう人たちの期待を裏切らないかもって、怖くならない?」
私は怖かった。慣れるのには時間がかかった。
「みんな経験者ですよ、こういう大きな仕事での失敗程度許してくれますって」
ああ、ケトはいい先達を持ったな。私以外から色々と学んでいるのはいいことだ。
「そう。……迎える準備は?」
「そろそろするべきですね。……設営の方、間に合いそうです?」
「あと二十刻*1もあれば」
「少し速めてください。僕は門の方に行きます」
「お願い」
「いい晩餐会にしましょう」
「任せて」
通電確認が終わったら給仕に回る。料理人たちが私の出したソルベのアイデアを色々と調整してもう少し面白いものを作っているし。