炊事場で人が慌ただしく動いている。沸かされる湯、振るわれる包丁、並べられる具。指示をしているのは外征将軍の信頼する炊事校、まあ軍における調理と兵站確保と糧食買い付けとかなんかそういう重要なこと全般をやっている人だ。図書庫の城邦が軍を出した多くの戦役に参加し、各所の食材や料理を学んできているのである。彼が裏切れば外征軍が崩壊すること間違いなし、などと外征将軍が笑っていたが笑えないよ。
「キイ!こいつを出してくれ」
なおここでは全員呼び捨てである。こういうふうに呼ばれるのは珍しいが、軍ではこうするらしい。なるほど。
「承知しました」
デカンタみたいな陶器の入れ物を銅製の盆に載せて運んでいく。調理前の手の消毒とか生物と加熱調理する素材の導線分離とか、そういう話をすると炊事校がすぐに理解してくれた。外征将軍から私の指示に従うようにと言われていたらしいが、ある程度そういう食中毒を防止するノウハウみたいなものがあったらしくそれを踏まえて私のやり方を飲み込んだようだ。
「氷のほうはどうだ?」
「塊が二つできています。削りますか?」
「まだ早過ぎるだろう?よく考えろ!肉食べて口の中に残る油を除くために出すから、肉炙りを出す頃に準備を始めろ!」
後ろで声が聞こえる。んー、まあちょっと本能的に怯えてしまうけどこういうやり方もまあ条件が伴えばありか。というか普通に軍人だからな。私が知るような軍事教練、あるいは初等教育を終えていないと怒鳴って動かすのが最適解になってしまう。うーん、私が作る学舎に将校教育も加えたほうがいいか?とはいえそんな大きな戦争はしばらく起きないと信じたいところではあるし。北方に行った時に「鋼売り」たちに渡した爆薬の知識は秘されているようだし、まだ槍と矢の戦いは続くだろう。この世界の軍事史、絶対楽しいことになるな。一応私はこの世界に銃をもたらすことに否定的である。誰でも戦争に参加できるし、誰でも作ることができるという点でそれは総力戦の重要なパーツのひとつなのだ。まあ砲の導入とかもあるだろうし、ちゃんと議論しようとすると私の甘い知識ではボコボコにされる気がするのでふわっと流しておくが。
「キイ嬢、電気系統の試験終了。問題なしです」
私の隣に歩幅を合わせて見慣れた男性が歩きながら言う。商会の実験工房で三番目ぐらいに偉い人。今日は技術方面の指揮担当として来てもらっている。
「早かったね」
「事前の計画書が良い出来だったためです」
「感謝は後でケト君に伝えて。あと手の開いている人がいたら炊事校の方に人手が足りてないというからそっち回ってくれると助かる」
厳密な組織とかはないので、わちゃわちゃとしている感じだ。本当はちゃんとやったほうが良いのだろうし、全体の計画を管理している私はどこかで全体の様子を腕組みでもして見ているのがいいのだろうがちょっと手が足りないと呼ばれてあっちこっちに色々運びながら様子を確認している。うーん、やっぱあまり良くないな。こういうものの幹事とか慣れていないので仕方がないところはあるが。
「かしこまりました。キイ嬢が見なくて大丈夫でしょうか?」
「私より君たちのほうが詳しい。余計な事を言いたくはないから。もちろん責任は依頼した私にあるからね」
「感謝いたします。自信は、ありますよ」
「それはいい」
案内とか給仕の担当者は外征軍の人とか雇った学徒が主となって行う。一応学徒も知り合いの講師や講官からの知り合いだったり、あるいは「時勢」で働いている人だったりとかと人脈作りにもなるようには配慮してある。こういうところで顔を繋いでおくと色々と後で便利なこともあるからね。というわけでその指揮担当者のところへ向かう。
「ケト君、様子は?」
この点、ケトはしっかりと来賓を迎える準備ができているようだ。決して派手ではない、落ち着いた色合いだが身体にぴったりとあった服。誰かを迎えるのであればその相手よりは派手にならないように、かつ礼を失せない程度の服装でなければならないとかいう地味に面倒な要請をちゃんとクリアしているように見える。まあ正直行き過ぎなければあまり気にされはしないらしいが。
「さっき聞きましたが、この建物の前をうろついている人がいるそうです」
「早く来すぎてどうしようか悩んでいるのかな、呼ぶ?」
「んー、もう少し時間が欲しいです」
「わかった。ケト君の知っている人?」
「わかりませんが、可能性は高いと思います。落ち着いたら迎えに行きます」
「そうしたら、そろそろ私も準備をするかな」
「手伝いましょうか?」
「……動ける?」
「ええ」
「お願い」
今日のために仕立てた襟付きで袖が肘まで伸びている服。暑いから半袖なのだ。前にトゥー嬢に貸してもらった外套の色が気に入ったので、同じ染料を使って深く染めてある。薬学的アプローチで見つかった新しい金属媒染による色。金属アレルギーは、まあ多分起こさないだろう。
さあ、始めようか。